気合いが入ってます。
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このところ古いパソコン周辺機器を処分すべく、データの整理をしていました。
フロッピーディスクのデータは2~3年前に整理しおわっていましたが、そろそろ一般向けの販売もおわりそうなMOのデータをまだ吸い上げていなかったので、せっせと作業していたのです。
↑ MOに保存してあったデータより。1997年10月兵庫県北部にて撮影。
わたしの使っていたMOドライブは外付けで、SCSIケーブルでつなぐタイプ。しかし、いまメインで使っているパソコンにSCSIボードは入っていません。
いまさらSCSIボードやUSBの変換器を買う気もしないし…、結局MOドライブを使うためだけに、SCSIをつなぐことができる古いノートパソコンもそのまま置いてあったのです。
12月上旬、やっとMOのデータをメインのパソコンに吸い上げ完了。外付けのHDにもバックアップをとり、晴れて(?)MOドライブと古いノートパソコンはお役御免になりました。
さて、このノートパソコン、1998年12月に買ったので、もう11年も前のものです。最近のパソコンは販売価格にリサイクル料金も含まれていますが、98年に買ったときにはリサイクル制度すらなかったのでは…。
そんな古いパソコンでもメーカーは引き取ってくれるのか!? メーカーは富士通だったので、富士通のホームページで調べてみました。
そうしたら、ちゃんと引き取ってくれることがわかりました。リサイクル料金は3150円。こちらからリサイクル窓口へパソコンを送るための送料も込みです。申し込みから廃棄までの流れはこんな感じ。
1.まずはwebの申し込みフォームに必要事項を記入する。
2.メーカーから「エコゆうパック」のラベルが送られてくる。
※「エコゆうパック」というのは、パソコン排出のための郵便小包の呼び名のようです。着払いになっています。
3.パソコンを梱包したら「エコゆうパック」のラベルを貼って郵便局から発送。
以上。リサイクル料金はパソコンがメーカーに到着してからのお支払いになっているようです。
長らくうちで働いてくれたパソコンに感謝しつつ、ハードディスクに穴を開け、簡単に梱包して送り出しました。メーカーに到着したパソコンは分解されて、原料レベルでまたほかの製品となってめぐってゆくのだね~。
それにしても。
まだ動くパソコンや周辺機器を廃棄処分するというのはやはり「もったいない」と思ってしまいます。まぁ、動くと言ってもすでにいろんな意味で使えなくなってはいるのですが…。
たとえば鉛筆ならいくら古くなっても使えるし、折れてもちびても工夫次第でけっこう使えるんだけどな~。ハイテク機器ほどもったいないことになるなぁと、あらためて感じたのでした。
あ、それからもうひとつ。エコゆうパックはコンビニや簡易郵便局からは出せないんだそうです。集荷もしれくれるから、街に住んでいればまったく困らないけれど、簡易郵便局から出せないとなると、困る人はけっこういるんじゃないのかな。
簡易郵便局って人口の少ないところに多いでしょ? そういう場所でこそ、郵便事業、きちんとして欲しいよね~。「集荷もします」っていったって、たとえば島なんかだと、どこか大きな郵便局から集荷に来てくれるとも思えないし…。離島や過疎地対象の特別措置ってあるのかしら。
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以前このブログに書いた 壺屋 火事の跡は、建物が取り壊され整地されたあと、わりとすぐに駐車場になってしまいました。
以前どこかで聞いた話では、建物を建てる前に「とりあえず」駐車場にすることも多いそうで、ここもそういうケースなのかと思っていました。
でも、見る間に駐車場としての整備が進んで、どうもそのまま固定化の兆し。
このところ、古い建物がとりこわされると、そのまま駐車場になってしまうケースが増えています。
古くからこの街を知っている人たちは「寂しいねぇ」と、話しています。街の空洞化って、こうやって進んでいくのでしょうか。
確かに古い街は建て込んでいるから、いまの法律に照らすと消防法や建蔽率その他の関係上、建て直すには敷地面積が小さくなりすぎるし、でも土地があれば固定資産税はとられるし…などなど、いろいろ問題があるのでしょう。だから駐車場にするしかない、というのも理解できます。
けれども、ただのっぺらぼうの駐車場というのはほんとうに寂しすぎると思います。まわりに少し緑があるだけでもずいぶん印象がかわると思いますがいかがでしょう? まちのヒートアイランド現象防止にもなると思います。最近、緑化対策で助成金の出るケースが増えているようですが、駐車場緑化に助成金は出ないのかな~。
法律関係については行政にも少し検討して欲しいところですが、一筆の土地としてではなく、街全体の問題として、もうちょっとなんとかならんかね~。
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雑貨、小物、琉球ガラスや陶器、出張カフェ風ご飯屋台やお菓子など、基本的に手作り・自作品がならぶ市で、ステキな音楽も聴けます。残波岬の公園で年に何回か開催されています。
※左は今回の「ひとねいち」案内チラシ。
※きとねいちについて、詳しくはこちらをご参照ください → ブログきとねいち http://kitone1.exblog.jp/
よく行くエコショップもこの市に参加しているのだけれども、気になりつついままで一度もいけなかったのでありました。なんたって、残波岬。那覇からは遠いのだ。
今回、エイヤッと参加してみたのは、天気もよかったし暖かかったから。バスを乗り継いで残波まで行ってみた。お目当てはモノではなく、「ジャンベ」を使ったリズムワークショップ。
ジャンベというのは、主に西アフリカの太鼓。映画『扉をたたく人』で孤独な大学教授が心を開いてゆく過程で重要なキーとなった楽器でもある。
数年前、生演奏を聴いたことがあった。腹の底に響く何かがあった。とても印象的だった。それで、ずっと触れてみたいと思っていたのだった。
今回、初めてジャンベをたたかせてもらった。こーれが、おもしろい!
木製の胴体は一本の木をくりぬいてつくられている。皮は紐で胴にゆわえつけてある。単純な造りだけれども、まず、直径30cm以上、長さ60cmほどのサイズの割れていない丸木を探して均一にくりぬくだけでもたいへんそうだ。皮の張り方一つでも音がかわるし、もちろん太鼓一つ一つ音色が違っていて、それもおもしろい。たたき方によってもいろんな音色が出せる。
ワークショップでは二つのリズムのたたき方を教わって、即興で演奏。叩いていると自然と体が動き出し、あっという間にぽかぽかと温まってくる。ジャンベを叩いているみんなの顔もにっこにこ。あー、いい感じだな、ステキな時間だな。写真とりたいゾ、でも叩いていたいゾ。
こういうとき、「写真を撮る癖がある」というのはほんとうに困る。記憶・または記録しておきたい風景の中に、けっして自分は入ってゆくことができない。自分がその中にいるときには、その写真は撮れない。撮ろうと思えばそこで冷静になって、一歩引く必要があるのだ。
今回わたしは、一歩引かなかった。ずっと参加者のままだった。だから、みんなでジャンベを演奏しているときの写真はない。それほど楽しかった。
また叩きたいな。
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わたしより上の世代の人たちにとっては、きっといろいろと思い出される日だと思います。
太平洋戦争開戦の日。
ジョン・レノンの命日。
針供養の日。
わたしが子どもの頃、家ではさすがにジョン・レノンがどのような思想を持っていて、どのように亡くなったかについて話題にのぼることはありませんでした。
けれども、「真珠湾」のことや針供養のことなら、時々話題に上っていましたし、テレビのニュースや特集番組でも目にすることがありました。
なんたって、わたしの両親は、ともにぎりぎり戦前生まれなのです。考えてみれば、わたし自身、終戦から四半世紀経たずに生まれているのですから、わたしが生まれた頃には、ほとんどの大人が戦争体験者だったわけです。
今日はたまたま20歳前後の若い人たち30名ほどと会うお仕事があったので、「今日はなんの日?」と、聞いてみたら、誰も一つも上げられませんでした。
太平洋戦争のことは教科書に載っていても、わたしたちの世代にとっての大正時代のように、すでにピンとこない話になっているようです。
こうしてだんだんと「記憶」は薄れて行くのでしょうか。昭和も遠くなったモノだ…。
※写真は幼い日に父とつくった『植物採集』より。これも昭和の産物である(^_^)
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いま取り組んでいるのは、古いパソコンとパソコン周辺機器。当然ながら関連データの整理も含む。
うちには友人が貸してくれたWindows98の載ったIBMのノートパソコンがある。
さすがにもうメインでは使っていないが、若干データが残っているので、デスクトップパソコンにデータを移そうと思い、久々にノートパソコンの画面を起こした…
ら。
ららら? 画面全体が妙にくもって見える??
電源を入れるとバックライトに照らされて、その様子がより明確に浮かび上がってきた。均一にくもっているわけではなく、白い斑点が画面いっぱいランダムに広がっている。斑点はほとんど単体だけれども、ところによってはリング状に連なったりしている。
…何かに似ている。あー、あれだ、実験用シャーレの寒天で培養したカビ!
と、いうわけで。
そう。どう見てもカビなんです。あわてて画面を拭いてみましたがとれません。画面の表面ではなく、樹脂の内部に浸透してしまっているようなのです。
いや~、沖縄では合板の家具から黒砂糖まで、本土にいるとおよそカビそうにないものにまでカビが生えるので驚いていましたが、パソコンの画面までヤラレてしまうとは。
しばらく使わないまま放置していたからこうなってしまったんだろうけれど、マイッタな~。貸してくれたK江くん、すまぬ。データ消してもこれでは…、どうしようも……、ないなぁ。。。パソコン君にも悪いコトしてしまった。ごめんね。
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友人Sの結婚式に招かれて参列した。人前婚式だった。
人前婚式に参列するのは3回目だ。前の二回は、韓国での参列だった。
その人前婚式は、新郎新婦のほかに仲人一名(二人の恩師や恩人)も壇上にのぼり、教会での神父さんのように式の進行を取り仕切っていたので、今回もそういうものを想像していた。
けれども、今回の二人の場合は、またちょっと違うタイプの人前婚式だった。
壇に上るのは二人だけ。そうして離れた場所に立つ司会者が、「これから二人は結婚の誓いを行います」、とか、「結婚誓約書にサインします」、などと式の進行状況を解説するのだった。
仲人をたてると、その人だけはちょっと特別な立場になるわけだけれども、仲人をたてなければ、その場に集ったみんなが平等に二人の結婚の承認者になれる、というわけですね。これって、とてもステキだと思った。
続けて同じ会場で披露宴。こちらのほうも、落ち着いた雰囲気で非常によかった。同じテーブルを囲んだ久々に会う人たちとゆっくり話をする時間があり、余興は芸大のみなさんによるめでたい琉舞や八重山の祝唄が演奏され、見応えもあった。
ふたりがそれぞれの生みの親に感謝の言葉を述べて、さらにあたらしく義父・義母となる二人と握手を交わすのも、たいへんに好感が持てた。だって多くの結婚式ではいまだに「家制度」を引きずって、新婦のみが両親に「感謝と別れ」のあいさつをするでしょう。
その一方で、ちゃんとスパイスもきいてました。新郎の職場代表あいさつや新婦の友人代表あいさつはユーモアがあふれていて、なかなかスルドイ人選だなぁと、これまた感心してしまったのでした。(新婦の友人たちがつくった創作ビデオもおもしろかったよ~!!)
ところでわたしは今回、新婦とは初対面でした。が、驚いたことに新婦の友人代表のあいさつをしていたNさんとは、互いに某エコショップの常連客として2年ほど前から顔なじみでした。式が始まる前にわたしがNさんに気づいて声をかけたら、Nさんも驚いていました。「沖縄は狭い」とよく言われるけれども、今日ほどそれを実感した日はなかったよ!!(笑)
それにしても、Sよ。二人にとって大切な時間に立ち会わせてくれてありがとう。わたしにとっても忘れがたい佳き時間となりました。
式場からいただいてきた幸せの象徴である花々が、いまわたしの部屋で冬の光を浴びて輝いています。
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11月上旬に大阪の家に帰ったとき、妹と一緒に母の遺品の片づけをした。
そのとき、わたしたちきょうだい三人が幼い頃かいた絵や日記を見つけた。
天袋の奥の奥、母がそっととっておいてくれたものだった。その場で処分しきれず、沖縄に送ってもらった。
先日、あらためてこれをひもといてみた。
目にとまったのは、黄ばんだB4サイズの厚紙10枚ほどを綴った手作りの冊子。表紙には「植物採集」というタイトルと、わたしの名が書かれている。
何年ぶりに見ただろう、父の字だった。
表紙をめくるとムラサキカタバミが貼ってあり、その下に「すいすいの花」と書いてある。神戸出身の両親は、ムラサキカタバミのことを「すいすい」と呼んでいた。
日付は昭和48年6月17日。わたしは4歳だった。
じっと見ていると、不思議なことにすっかり忘れていたいろいろのことが思い出される。
母は日頃から花を愛でていたが、考えてみると父も植物が好きだった。
植物標本の作り方は父が教えてくれた。押し花なら母もつくっていたけれども、わたしに標本用の押し葉や押し花の作り方を教えてくれたのは、父だった。
植物の特徴がよくわかるように花や葉を広げて押し葉をつくったら、直接台紙に貼りつけるのではなく、薄くて破れにくい紙で要所要所をとめるのだと教えてくれた。
そのとき手近にあったのは、レモンケーキの包み紙だった。その紙は和紙のように薄くて丈夫な材質だった。はさみのあとがゆがんでいるから、これを切ったのはきっと4歳のわたしだ。
すいすいを台紙に並べ、とめる場所を父に習いながら、貼りつけていったのだろう。標本は、その後少しずつ増えて、最後は昭和53年8月20日。小学3年生になったわたしは、日付も植物の名前も、もう自分で書いていた。けれども、あいかわらず植物をとめているのは黄色いレモンケーキの包み紙だった。
花の色はあせてしまったけれども、レモンケーキの包み紙は当時を思い出すのに十分なほど、いまも幸せそうな黄色を保っている。
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買った当時は、お隣の国の労働搾取の結果つくられた商品だという認識がないまま、100円で入手した。全面的に石油由来の原料でつくられたそれを、10年ほど使った。
今度はもう少しヒトにも環境にも負荷をかけていないものがほしいとおもって、首里にあるエコショップ「えころん」に行った。
えころんには、自然環境からも人からも搾取しない、持続可能な生活を提案する商品が所狭しと並べられている。竹ピンブラシも定番商品だ。
柄は木製。ピンは竹製。台座だけ、合成ゴム。…「天然ゴム」のプランテーションにもけっこう問題があるらしいから、台座が合成なのは勘弁してね。
まず、柄の部分の手触りがよい。それから、わたしの髪は癖があってブラシが通りにくいのだけれども、このブラシはすんなり通る。
そこからが問題だ。ブラシが通るのはいいけれど、そういうのはたいてい地肌にあたると痛いんだ。けれども、このブラシはなんと気持ちがいい!
それに、アフターサービスも充実している。竹ピンは台座から外れて無くしても、送ってくれるそうです。台座が傷んでもなおしてくれると言うし、これって、一生モン!?
マジメにものづくりをする人たちは、ちゃんと使う人の立場に立ってつくっているんだなぁとあらためて実感。つくる人、使う人。売る人、買う人。みんなお互いのことを思いつつ、モノがめぐるって、なんだかいいですね。
オススメです。
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