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沖縄デモウォーク -原発も基地もいらない-

昨日、デモに参加してきました。

まずは、沖縄タイムスの記事を紹介。

脱原発 沖縄でデモ 「基地もいらない」 2011年9月25日
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-09-25_23887/

記事からはわからないですが、集会もシュプレヒコールも穏やかなものでした。

集会では、関東圏から避難してこられた方のお話もあったので、それは胸が詰まるような内容でした。でも、シュプレヒコールは、拳を振り上げて「原発止めろ!!(怒)」とか「米軍出て行け!!(怒)」みたいなのではなく、

「危ない原発、もういらない♪」
「危ない基地はもういらない♪」

... と、音符マークをつけたくなるような穏やかな雰囲気。怒りと言うより、願いですね。あるいは祈りか。

そんなわけで、他のフレーズの多くも、復唱しやすくてよかったです。

「子どもを守れ♪」
「大人を守れ♪」
「おばぁを守れ♪」
「おじぃを守れ♪」

などのフレーズでは、沿道のお店や、歩道を歩いている人たちからも、拍手がありましたヨ。

そんなわけで、デモの参加者もおおむね楽しそうでした。ほんとうに普通のおかあさん、おとうさんたちが子どもたちと一緒に大勢参加していて、パーランクーや鈴などを鳴らしながら、叫んでいました。

これはきいた話ですが、9.11の東京のデモでは、列から抜けたり入ったりすると、警官にえらい怒られたそうですが、那覇のデモではそのようなことはなく、みんなちょいちょい列から抜けて写真を撮ったり、休憩したり、沿道から飛び入り参加したり。

デモ隊の通行中に歩道の信号が赤になってしまったときには、少しの間車を止めて、デモ隊を通してくれたおまわりさんもいらしたそうです。沖縄のおまわりさんは、やさしいかも。

ところで、今回のシュプレヒコールの調子、なにかに似ていると思ったら、「ふるさともとめてはないちもんめ」でした。

大切なふるさとに基地をつくられ、原発をつくられ、様々な被害を受けている。そのためにふるさとを離れた方も大勢いらっしゃるわけで、その悲しみをあらためて感じたのでした。

※写真は9月24日、デモウォーク出発前の集会にて。沖縄県庁前広場。親子連れが多い。

092405

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