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朝顔の記憶。

0804002一年生になったトラオ(甥)の、夏休みの課題の一つである。

アサガオの観察。

各児童に上手に色違いの種が配られたらしく、一つの鉢で育った二本のアサガオは、 一つは青、一つは赤紫の、どちらも大輪の花をきれいに咲かせた。

そういえば30年以上も前のことになるけれど、わたしも小学一年生のときに、学校の課題としてアサガオを育てた。

その時にも一人につきひと鉢を与えられ、そこに二つの種をまいたっけ。

けれども、そのうちの一本は双葉がキレイに開かなかった。種の殻を双葉の先にくっつけたまま出芽してしまったのだ。

開くに開けない双葉が気になったわたしは、少々無理をして種の殻をはずし、結果、双葉の片方の葉が一部千切れてしまった。

種を植えてから二週間ほど経ったころだった。

学校では品評会よろしく、みんなそろって双葉が生えそろったアサガオの鉢を机の上に並べていた。なかには発芽しない種もあるので、一本しか生えていなかったり発育不良のものがあれば、先生が別に育てた苗を特別にくださるということだった。

みんな、そわそわしながら先生のチェックを受けた。先生が通り過ぎたら、自分の植えた種はちゃんと育っている証拠だ。ほっとした子どもたちから自慢の声が飛び交う。それぞれに自分のアサガオの育ち具合をまわりのみんなと比べていた。

私のアサガオは、一本の双葉がちょっと縮れていたけれども、遜色なく育っているように見えた。

しかし、先生は私の机の横で立ち止った。そうしてだまって縮れた双葉の苗を、立派な苗と交換してくださった。

それはこの後の観察に支障が出ないようにとの、先生や学校の配慮で、そのことをわたしは理解していた。けれどもわたしは、この縮れた葉っぱのアサガオに、愛着を持っていた。そのことをうまく表現することができないまま、交換されてしまったことが、とても残念に思えた。

そのあと、わたしの鉢で芽を出し、先生のチェックをクリアした苗と交換していただいた苗は、二本とも順調に育ち、夏休みの課題だった観察絵日記もきちんと提出することができた。他のみんなのアサガオも、夏休みにはそれぞれの家でそろって同じ色の花を咲かせたようだった。たしか赤紫だった。

でも。 と、ふと思う。

今なら先生にこんな風に言えるかもしれない。

縮れた双葉のアサガオでもちゃんと育つのか、花を咲かせて実をつけることができるのか、見てみたいから苗を交換しないで下さい、と。

遠い朝顔の記憶である。

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