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2010年8月

台風接近中

久々にリアルタイムで記事をアップしてみます。(って、せっかく記事を書いたのに、下書きのまま一晩過ごしてしまいました ^^; )

083101台風7号が沖縄本島直撃コースで進んでくると言うので、台風対策としてベランダ菜園の作物をいろいろと収穫。

ネギに青じそ、ゴーヤー、ヨモギとミント。

ヨモギとミントは生葉でお茶に。残りは干してゆっくり使います。

青じそが思いがけずよく茂っていたので、何に使おう~、バジルカレーっちゅうものがあるから、同じシソ科だし、青じそカレーはどうだ?と思いついて、さっそく昼食で試してみました。

青じそをミキサーでペースト状にし、ネギやゴーヤー、買ってきたモーウイも入れました。カレーとしては普通においしかったのですが、うちで育った青じそは何が悪かったのか、もともとシソの香りが薄く、残念ながらバジルのようにパンチのあるカレーにはなりませんでした。。。

083102_2さて今回の台風は小粒で強力なタイプらしく、午前10時、風もなく青空ものぞいている状態で路線バスが運休。

モノレールも10時台の運行をもって運休。

朝のニュースでは、昼前には強風域に入るという話だったけど、台風の速度が低下しているのか、16時現在、那覇市の自宅ではまだそれほど風は強くなっておりません。

このまま大きな被害がないことを祈ります。

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中国のトイレ事情

友人のブログ 『かちゃん・ぱんじゃん』 の記事、

「マレーシアでトイレですっきりするために・・」 ほか、マレーシア滞在中のトイレ話あれこれを読んでいたら、中国のトイレのことをいろいろと思い出してしまった。
そこでさっそく彼女のブログのコメント欄にメッセージを書き込もうとしたら、文字数がオーバーしてしまい、ブログ運用サイトから受付を拒否されてしまいました。
しかたがないので中国のトイレあれこれを、自分のブログに書くことにしました。なんたって、うちのブログには「厠ネタ」というカテゴリーがあるんですから、たまには活用しないとね…(笑)

というわけで、かちゃんのブログに書くつもりだったコメントをさらに増量してお届けします。

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カチャンさま

おぉ~、お久しぶりです。大阪の妹宅でぼんやり過ごしている間にカチャンさんのブログは着々と更新されていたんですね~!

マレーシアのトイレ話、興味深く拝読しました!! それで、中国のトイレ事情を思い出してしまったので書いてみます。

Cx000111中国でも、個室の水洗トイレは「和式型」が一般的で、通路の床面より一段高くなっている場合が多いです。建築から年数が経っている建物のトイレほど段差が大きかったような印象があります。

写真は繁盛しているちょっと高級な海鮮料理屋さんの上等トイレ。2005年湖南省の省都長沙にて。

水が流れて行く穴は、マレーシアと違って前にあるのが多かったなぁ(つまり、日本と同じね)。でも時々は洋式のように後ろの方に穴のあるしゃがみ型トイレもあったような気がします。そうして、やっぱり壁に背中を向けて座ります。

用を足した後はトイレットペーパーを使用しますが、水洗トイレの場合、紙は水に流しません。紙の質と下水道設備、両方の関係からでしょうけれど、通常は個室内に設置されているくずかごに捨てます。

そうして極め付きは、中国トイレもやはり床が水で濡れていて滑りやすかった! しかし、中国のトイレの床が水で濡れている理由はマレーシアと異なります。中国では、掃除のときに盛大に水を撒く (もしくは、たっぷり水を含ませたモップで拭き掃除をする) からなのです。つまり、びしょぬれトイレは頻繁に掃除されている証…

一方、床が乾いているトイレは掃除が行き届いていないことがあり、ちょっと想像を絶する汚れかたをしている場合もあるので、床が濡れていてもいなくても 「要注意」 なのだ。あはは~。

20年ほど前には、個室でない水洗トイレも時々見かけました。女子トイレの入り口を入ると、そこには奥行きのある広い空間があります。ここでもやっぱり、用を足すところは全体的に一段高くなっています。その、高くなっている部分を貫き通すように、一本の溝が掘られています。溝に用を足し、そこに一気に水が流れるという仕組みです。

地域の水事情や、トイレを設置している施設の財政状況などにより(?)、水は常に流れていたり、一定の時間が経過すると自動的にフラッシュしたり、いろいろでした。いずれにしても、水流の上流は、たいてい水圧が強すぎるので注意が必要です。また、下流には他人様のモノが流れてきます。

壁際に溝がある場合には、壁に背を向け、ちょっと中腰加減で溝めがけて用を足す習慣(?)となっていました。壁に背を向けるタイプでは、仕切がないこともありました。また、溝が壁際から離れている場合には、その溝をまたぎ、入り口方向に向かって用を足します。この場合、通常はしゃがむと前の人が見えない程度の、簡単な仕切がついています。

扉や仕切がないトイレの場合、水洗であろうとなかろうと、しゃがむときの位置や方向を、床に足形で示してあるトイレもあってなかなかおもしろかったです。

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さてさて、かちゃんさんのマレーシア トイレ話が気になった人は、ぜひとも

「マレーシアでトイレですっきりするために・・」
「マレーシアのトイレの光景・・・。」

をご覧ください。かちゃんさんのブログは4コマ漫画になっていて、状況がわかりやすく、しかもおもしろいです!

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ソテツ

082702何年か前に、ソテツの実を土に埋めてみた。

いくつか埋めたうちの一つだけが、芽を出した。

いま、うちのベランダの鉢で育っている。

そのソテツが、先頃、若葉を出した。

ソテツの若葉の出はじめは、シダの新芽のように丸まっていて、柔らかだ。

今朝見たら、それがピンと伸びて、葉の重なりが格子模様をつくっていた。

明日にはまたきっと違った表情を見せてくれるのだろう。

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明石の天文台

082224

昨日の続きです。須磨で墓参りをした後、なんとなく明石の天文台まで行ってみたくなりました。

正式名称は「明石市立天文科学館」。うちの父が「明石の天文台」と呼んでいたので、わたしもなんとなくそう呼んでいます。

中学~高校時分は、ここのプラネタリウムを見るためにずいぶん通ったのですが、今回初めて気がついたのがこれ。

科学館の北側に、日本標準時の子午線を示す標識柱があったのね。わたしも子午線に並んで柱と天文台の塔を一緒にパチリ。

柱のてっぺんにはトンボのオブジェが止まっていて、ちょっとかわいい。

082228ところで天文台では、開館50周年を記念して、特別展 「時の展覧会2010」 を開催していました。

1920年、東京天文台と生活改善同盟会により制定された、「時の記念日」。

当時の日本人はのんびりやだったらしい。そこで政府は、「欧米並に時刻に正確に動く」ことを国民に奨励すべく、さまざまな工夫をしていた、と。

082227単に「時間を守りましょう」と呼びかけるのではないところがおもしろい。

女性の身支度にかかる時間などをモダンな絵入りのポスターにして、「時間の大切さ」や「約束の時刻を守るためには…」を、やんわり伝えようとしていたものらしい。

もちろん学童向けには、国民小学校に通う子どもたちが朝起きてから眠るまでのスケジュールを描いたポスターなどもありました。

082235こちらは常設展だったと思いますが、さまざまな携帯用日時計。

それぞれに意匠が凝らされていて美しい。こちらはおもに西洋でつくられたもの。

082236こちらは台座の文字から判断するに、韓国製らしい。

とぼけたカメの表情が何とも言えません…

要素としては、円盤に細い棒が立っていて、時を示す目盛りが入っていれば日時計として成り立つわけですが、単純なものだからこそ、かえってお国柄がでるんでしょうか。(^^)

082234こちらは、子午線で向かい合う鏡。二枚の鏡が映しだすものは…

みごとな遠近法的風景と、レンズの位置に隠れて見えない消失点なのでありました。 びっくり。

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父方の菩提寺へお参り。

神戸にあるお寺さんへお参りに行きました。

母方のほうは、関西では一般的な、新暦の月遅れの盆にあわせていきましたが、父方の方は旧暦の盆にあわせたと言うことで許してもらおう(^^;)

082201案外多くの参拝者があったので、ほかのみなさまもなんとなく旧暦を意識なさっておいでなのかしらん? と、妹と話しつつ山門をくぐる。

去年来たときにはあちこち工事中だったけれども、すっかり整備がおわって、広い境内が歩きやすくなっていました。

082203本堂からだいぶん離れてひっそりとたたずむ塔のような形の小さな納骨堂前でお線香と蝋燭をあげて静かに手を合わせる。

納骨堂のまわりを一巡りして本堂まで戻ってくると、そこにしつらえてある池には睡蓮が花開いていた。このお寺では、毎年この時期にきれいに咲いている。

なんだかハイカラな色合いの花が多い。黄色いのも咲いておりましたよ。

082202池端で花と鯉と金魚を眺めていたら、妹がふいに
「睡蓮の葉陰からちらちらみえる金魚が可愛い」
という。

なるほど可愛い。

そこで睡蓮と金魚が一緒に写るように試みるも、池に住まう金魚は存外すばしこくて、うまく画角におさめるのはなかなかに難しい。

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「八百屋のつねこさん」、宇宙へ。

甥のトラオとの遊びの定番に、「八百屋のつねこさん」がある。

自分の手を人に見立て、「八百屋のつねこさんが、階段のぼって~」といいながら人差し指と中指で少しずつ子どもの腕をよじ登り、最後に「こちょこちょこちょ~!!!」っといいながら、くすぐるという単純な遊びである。

かつてトラオのばぁば(すなわちワタシの母)が健在だった頃には、それはばぁばとトラオの遊びだった。

2年ほど前。ばぁばの具合が悪くなると、トラオはそれをわたしにせがむようになった。

それがまぁ、3回もやれば飽きそうなものなのに、ちっとも飽きない。同じパターンではこちらの方が飽きてしまうほどに、何度でも面白がる。

それで、はじめのうちはテンポを変えたり、高い声、低い声、おどろおどろしく、あるいは歌うように、「つねこさん」を階段にのぼらせた。

さてこうなると、トラオはますます面白がる。声色やテンポを変えるだけでは追いつかなくなってきた。

次第にワタシは「つねこさん」にいろんなことをさせるようになった。「階段のぼって、滑り台でおりてった~」とか、「スキップ、スキップ、ランランラン♪」とか、エスカレーターに乗ったり、エレベーターに乗ったり、それにあわせて手の仕草も変えていった。

さて言葉がゆっくりだったトラオも、近頃はよくしゃべる。そうして、「つねこさん」に何をさせるか、リクエストするようになってきた。

081914_2 「自転車!」「バス!!」「普通電車!!」「新幹線!!!」 生まれながらに乗り物オタクのトラオによって、「つねこさん」は様々な乗り物に乗ることとなり、どんどん高速移動するようになってまいりました。

ついには飛行機に乗り、はては

「八百屋のつねこさんが、ロケットに乗って、3、2、1、発射! ブッシューッ!! 宇宙へ飛んでったっっっ!!!」

わたしが子どもの頃には思いつきもしなかった、つねこさんは宇宙へも行くのである。そんなわけで、トラオの「つねこさん」は猛烈にアクティブなのだ。

よそのうちのつねこさんは、いまもやっぱり階段を上っているはずだけど、それに気付くのはいつの日か…?

ここまで考えて、あれれ?と思った。イマドキのお母さんは、この遊びを知っているのかな? そもそもこれ、全国区の幼児遊びなんだろうか。ものすごいローカルだったりして。

この遊びを知っているかどうか、ぜひコメントください。ちなみにうちは父母ともに昭和16年、神戸生まれの神戸育ちでありました。

※写真は、遊園地でもやっぱり「テツ」ぶりを発揮するトラオ。2010年8月19日、須磨海浜水族園にて。

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須磨水族館の思い出

2010年8月17日に須磨海浜水族園で生まれたばかりのウミガメの赤ちゃん。8月19日撮影。

081905入り口大ホールの片隅にそっと置かれた小さな水槽で、元気に泳いでおりました。

ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように動き方がややぎこちなく、それがまた実にかわいらしい。

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須磨海浜水族園は、以前は「須磨水族館」と呼ばれていた。建物が全面的に建て替えられ、海獣類も飼育するようになってから、須磨海浜水族園と名前が変わった。

水族館時代には、入り口のホールにウミガメのプールがあった。わたしはそこでウミガメを見るのが好きだった。確か3歳か4歳の頃のこと、父が毎週のようにわたしを水族館に連れていってくれた時期があった。

行くとだいたいの行動パターンはきまっていた。入場券を買ってホールに入ると、父はまず一服するために、入ったばかりのホールを突っ切って、水族館併設の遊園地に繋がる扉から外に出る。はじめはわたしも父について外に出ていたような気もするが、そのうちにウミガメを見て一服する父を待つようになった。

父がタバコを吸い終わっても、わたしはまだ飽きずにカメを見ていた。

当時は一頭だけタイマイがいて、他のウミガメと比べて小柄なこのカメだけは、常にせわしなく泳ぎ回っていた。ほかの大きなウミガメたちは、それぞれがゆったりと、浮かんでいるのや、泳いでいるのや、いずれにしても、ボンヤリ眺めるには格好の相手だった。

時々は眺めているわたしを偵察しに来るカメもいた。あんまりじっと見ているから、カメの方が興味を持ったのかも知れなかった。

ウミガメのプールの上にはクジラか何かの大きな骨格標本が天井からつり下げられていた。巨大なあばら骨のつくる空間は、小さなわたしが入るには十分だった。ピノキオの話を想像して少しこわいような気もするのに、この標本を見るのはなぜだか嫌いではなかった。

ウミガメのいるホールは明るかったけれども、水族館というのは水槽の中が見やすいように、通路は照明を落としている。やがて父に促され、薄暗くて狭いスロープ状の通路を、さまざまな海の生きものを見ながらのぼっていくのだった。

スロープの入り口にはこれまたゆったりした動きのガンガゼやタツノオトシゴがいて、彼らもたいへんにわたしを惹きつけた。不思議なカタチのカブトガニもお気に入りだった。気付けばいずれも干潟の生物だ。三つ子の魂百までも、と言うことであろうか。

父は、そういうスローな生物をじっと眺めている娘をせかすこともなく、ゆっくりと歩いてくれていたように思う。父は、わたしを待つために、スロープを登り切ったあたりでよく淡水魚を見ていた。それから、もっと奥の方にいる電気ウナギが好きだった。当時は電気ウナギが放電すると、水槽の横に設置されたたくさんの黄色いランプが次々に点灯していく仕掛けになっていた。たくさんランプが点くと、父は単純に喜んだ。

その近くには大きなサメの標本があった。こちらは骨格ではなく、白っぽくブヨブヨした感じの皮膚もついた液浸標本だった。標本の前の四角いボタンを押すと、標本の下から明かりが照らされ、鏡にサメの腹側の様子が映しだされる仕掛けになっていた。

鏡には大きな口と鼻の穴、エラ孔や肛門が映っていた。鼻の穴は妙に離れた逆ハの字型で、それがつりあがった目のようにも見える。当時流行っていたアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる妖怪の一反木綿のようで、ちょっと不気味なのだった。でもなぜだか毎回、ボタンを押してしまうのだった。

ときどきは水族館の食堂でカレーうどんを食べたりもした。食堂へ行く通路には珍しい貝の標本が展示してあって、それを見るのも好きだった。また時には併設の遊園地で乗り物を二つほど楽しんだ後、パーラーでアイスクリームを半分こしたり、母に内緒でファンタを飲ませてくれたりもした。

古い水族館と父との、遠い思い出である。

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琵琶湖博物館、その後。

昨日の続きです。

気がついたら4時間近く博物館の建物の中におりました。

それでも全部をじっくり見ることはできなくて、一部はざーっと流して通り過ぎました。

081620さすがにちょっと疲れて、博物館の面している琵琶湖畔に出てみました。蓮の花が咲いていましたが、時期としてはそろそろ終わりかな…

081611ヒシが打ちあがっていました。

いままで水面から上に出ている部分しか見たことがありませんでした。それで、ホテイアオイの様に浮いているのかかしらん?と、勝手に想像していたのですが、これをみるとどうやら水面下の部分は金魚藻のようになっていて、根っこはちゃんと湖底に届いているようですね。 

081608ついでに打ちあがっていたものシリーズ。

タニシの仲間、菱の実、蓮の実などなど。あ、蓮の実は写っていませんね (^_^;)

081619岸辺の蓮と菱です。

ここは観察用に、湖にちょっとだけせり出すカタチで幅の狭い小さな岬がつくられています。

後ろを振り返れば…

081615

西に傾く陽の光。

今日も一日暑かった…

と、思いつつ手前のハスの葉を見ると、さっき見たのとちょっと印象が違う。

081623手前のハスの葉をクローズアップ。

0816013振り返ってハスの葉をクローズアップ。

こっちのは、「目」」が見える。ほとんどの葉が表向きですね。上の写真はほとんど裏ばかり… 

どうやらハスの葉は、みんなしておよそ南西の方向を向いているようです。

太陽を追いかけているのか? だとしたら、朝にはちゃんと東を向いているのだろうか。

あるいは一日中この向きなのか? そうだとしたら、なぜ南ではなくて南西なんだろう。北東の風が恒常的に吹いていてこんなふうになってしまうのだろうか? 

風が要因なら、その時々で葉の向きが変わるかも知れない。確かにこのとき、風は北東から吹いていました。 

ネットで調べれば簡単に答えが出そうですね。でもこれは自分で調べてみたいので、今度はもっと身近な場所で観察してみたいと思います。   

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滋賀県立琵琶湖博物館

以前から気になっていた琵琶湖博物館にやっと行くことができました。

鉄道の最寄り駅「草津駅」までは、妹の家からほとんど電車一本で行けるし、乗車時間も一時間程度だということが分かり、それならば! と、出かけたのでした。

で、草津駅からは博物館方面行きのバスに乗って、25分。これがしかし、一時間に一本か二本しかありません。およよよ…、前のバスは行ったばかりなり。

駅前のお店で昼食に食べられそうなものを探したりしながら待ち時間を過ごして、あらためてバス停に行ってもしかし、人影が少ない。

博物館に行きそうなのは、父と子とおぼしき二人連れだけである。夏休みって、博物館が一番賑わう時なんじゃないの? と思いつつ、到着してみて理由が分かりました。みんな車で来ていたのね。ちょうどお昼時に博物館に着きましたが、すでに帰る人もいたりして、なかはなかなか賑わっています。

展示室に入って最初に気付いたのが、空間の使い方のおもしろさ。

陳列ケースに標本や図表をずらっと並べてあるだけの博物館も多いですが、ここでは複製品を駆使して、なるべく展示物をガラスのケースで囲わないようにしているようです。陳列ケースのカタチに制限を受けないおかげで、順路が湾曲していたり、奥行きのあるジオラマが床から天井まで届いていたり。

壁面も平面ではなくて凹凸があり、次の窪みにはどんな展示があるのか、わくわくしてしまいます。さらに、天井からも展示物がぶらさがっていたり、天井そのものの構造や模様にまで工夫が凝らされています。

展示物のなかで特に気に入ったのは、再現された丸子船と、移築された民家。

丸子船はたくさんの木材をはぎあわせてつくられている船ですが、その継ぎ目の構造が精巧で、結果としてできあがる模様も斬新で美しく、作る工程のビデオまでしっかり拝見してきました。同じ展示室にあった、湖や川での漁の様子を収録したビデオも、短いながらそれぞれによくまとまっていて、たくさんのトピックがあったのに、つい次々と見てしまい、それだけでもけっこう時間がかかってしまいました。

081603また、かつて湖畔で一般的に見られた形の民家についても、ただ家を移築・展示してあるのではなく、どんな暮らしが営まれていたのかまで分かるように再現されており、たいへん生活感あふれる展示でした。

081602たとえばここは台所。

大根が切りかけでおいてあります。手前には、流しで洗ったばかりの菜っぱなどもおいてありました。もちろん生鮮品はレプリカですけれども。

さて、この流しですが、本当に水が流れていました。

そうして、流しの奥の水溜には、本物の生きた鯉が飼われていました。ここは屋外ではなく、博物館2階にある展示室。実は移築された民家の横にも小さなせせらぎが再現されていて、そこにも実際に水が流れていました。展示方法を考えた人や建築家のみなさんの意気込みが感じられました。

なお、鯉は野菜くずや残飯を食べる大切な役目があって飼われていたのでした。そうしてきれいになった水を外の水路に流していたんですね。

ここで感心した暮らしの知恵がひとつ。軒先には、水で満たされたバケツやたらいがたくさん並べてありました。解説を読むと、夏場は日中に風呂用の水を汲んでおき、日向で温めてから風呂桶にいれる、ということでした。湧かす前の水温が高ければ、貴重な燃料(柴や薪)を節約できるからだそうです。ナルホド。

他にも感心したのは、琵琶湖やその周辺の自然環境について展示してあるコーナー。多くの博物館では、人の暮らしと自然環境とをはっきりとわけて展示してあることが多いのですが、ここではかならず人の暮らしとの結びつきが見えるように工夫してありました。スバラシイ!!

しかし、一番人気があったのはやはり一階の淡水水族館のようでした。午後になると、親子連れでいっぱい。

淡水の生きものたちには熱帯魚のような見た目の華やかさはありませんが、生態の特徴がよくわかるように展示してあると、こどもたちは吸い寄せられるように見入るものなのですね。琵琶湖の岸辺近くを再現した大水槽には、常にたくさんの人が立ち止まり、種類によって違った傾向を見せる魚たちの動きに見入っていました。

そうしてわたしは同じ水槽の前で、そこだけ時がゆったりと流れているようなオオサンショウウオにしばし見入っておりました。

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なんでもない風景

081505a古い写真のデジタル化をせっせとすすめている。

この日も、画像をデジタル化してCDに書き込んでもらうために写真店に預けたネガフィルムを受け取りに行った。

その帰り道。道ばたの光景にハッとして思わず足を止めた。

夕日に照らされたねこじゃらしがキラキラ輝きながら風に揺れていた。

子どもの頃にもきっと見ていた、なんでもない風景だ。それが胸にしみてくるほど、いろいろな経験を重ねて来たのだなぁと、感慨深く見入ってしまった。

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「みんなでつくる淀川大図鑑」 @大阪市立自然史博物館

ブログをはじめて3年あまり。前回の記事で1000件目だったのですが、そのあと8月7日からしばらく寝込んでしまい、すっかり間があいてしまった。

回復したらもうお盆で、大阪・天王寺にある母方の菩提寺にお参りに行った。こんな「正しいお盆の過ごし方」をしたのは初めてかも知れないナ。去年は母の納骨をかねて、お盆直前にお寺に来たのだった。

ところでそこは大変有名なお寺ので、あまりの人の多さにすっかり酔ってしまい、お参りもそこそこにスタコラサッサと天王寺駅まで戻ってきてしまった。

081404そこでふと思い出したのが、大阪市立自然史博物館で開催されている「みんなでつくる淀川大図鑑」という展示のこと。天王寺からなら、わりと近い。で、博物館に行くことにした。

淀川の自然に関する市民調査の結果が体系的に展示してあって、なかなか見応えがある。

081403まず、過去から現在までの淀川周辺の地史や人工的な改変などが図表で示してあり、それらが生態系にどのような影響を及ぼしたかが分かるようになっているのだ。

植物や鳥、水生生物の標本も展示してあって、どんな生物にどんな影響があったのかが示されている。

標本といえども、実物が目の前にあると、図表だけよりも状況が想像されやすいように感じた。

081406また、会場の一角には水槽がずらりと並び、生きている魚や貝や、もっと小さな生きものたちも見ることができた。さっき標本として並んでいた生物の生体もここで見られたりするのだ。

さらに、実際に調査に参加した人が会場で調査方法や生物について解説もしていた。

081413学生さんらしき若い人たちから、おじさん・おばさんまで、普通の市民が、鳥や魚、貝や水質など、いくつかの分野に別れて、継続的に調べていたとのこと。

地域の人とも地域の自然ともちゃんと繋がりを持っている、地に足のついた博物館の展示に、すっかり感心してしまった。

展示の内容は素晴らしかったが、しかし展示室はクーラーがききすぎていて寒かった!

というわけで、写真は長居植物園にて。猛暑の熱風で体を温めつつ(?)、動植物の観察。

木立の間を散策していたら、やたらたくさん蝉のとまっている木を発見。 みんな熱心に樹液を吸っている模様。

081415頭上にはこれまたびっくりするほどたくさんの蝉の抜け殻。

この6倍ほどの幼虫が、この木の根っこにとりついているわけですね…

081418この木の樹液が特にうまいのか、単に吸いやすいのか、あるいは両方? …いずれにしても、やっぱりこの木が好きなんだろうな、幼虫も成虫もこんなに群がっているんだから。

で、この木の種類が気になってきた。

こーんな樹形。家に帰ったら、図鑑で調べてみよう…

と、思っていたら。

さすが植物園、木に札がついていた。

081419カツラ、でした。

今回は疑問がすぐ解消されてありがたかったのではあるけれど、こういうふうに直接幹に取り付けてある札は、木にとってはメイワクだろうなー。

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コテツの発想

0806002昨夜、トラオ(甥、小一)のお父さんは帰宅するなり、通勤用鞄からあるものを ぬぬ~っ と取り出しながらこう言った。

「はい、トラオ、お土産。」

トラオは受け取りながら、すかさず

「新幹線みたいねぇ~!」

といって喜んだ。

いったいどんなお土産かというと? それはラップにくるまれたフランスパンであった。

なんでも会社の近くにパン屋さんが開店して、今日はあいさつ方々、試食用のパンをどどーんとくださったのだそうだ。

トラオ、フランスパンは見慣れているんだけれども、実はそのたびに「新幹線に似ている」と思っていたのだろうか。

トラオは一歳の頃からすでに立派なテツであったが、あいかわらずコテツぶりを発揮しております。

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朝顔の記憶。

0804002一年生になったトラオ(甥)の、夏休みの課題の一つである。

アサガオの観察。

各児童に上手に色違いの種が配られたらしく、一つの鉢で育った二本のアサガオは、 一つは青、一つは赤紫の、どちらも大輪の花をきれいに咲かせた。

そういえば30年以上も前のことになるけれど、わたしも小学一年生のときに、学校の課題としてアサガオを育てた。

その時にも一人につきひと鉢を与えられ、そこに二つの種をまいたっけ。

けれども、そのうちの一本は双葉がキレイに開かなかった。種の殻を双葉の先にくっつけたまま出芽してしまったのだ。

開くに開けない双葉が気になったわたしは、少々無理をして種の殻をはずし、結果、双葉の片方の葉が一部千切れてしまった。

種を植えてから二週間ほど経ったころだった。

学校では品評会よろしく、みんなそろって双葉が生えそろったアサガオの鉢を机の上に並べていた。なかには発芽しない種もあるので、一本しか生えていなかったり発育不良のものがあれば、先生が別に育てた苗を特別にくださるということだった。

みんな、そわそわしながら先生のチェックを受けた。先生が通り過ぎたら、自分の植えた種はちゃんと育っている証拠だ。ほっとした子どもたちから自慢の声が飛び交う。それぞれに自分のアサガオの育ち具合をまわりのみんなと比べていた。

私のアサガオは、一本の双葉がちょっと縮れていたけれども、遜色なく育っているように見えた。

しかし、先生は私の机の横で立ち止った。そうしてだまって縮れた双葉の苗を、立派な苗と交換してくださった。

それはこの後の観察に支障が出ないようにとの、先生や学校の配慮で、そのことをわたしは理解していた。けれどもわたしは、この縮れた葉っぱのアサガオに、愛着を持っていた。そのことをうまく表現することができないまま、交換されてしまったことが、とても残念に思えた。

そのあと、わたしの鉢で芽を出し、先生のチェックをクリアした苗と交換していただいた苗は、二本とも順調に育ち、夏休みの課題だった観察絵日記もきちんと提出することができた。他のみんなのアサガオも、夏休みにはそれぞれの家でそろって同じ色の花を咲かせたようだった。たしか赤紫だった。

でも。 と、ふと思う。

今なら先生にこんな風に言えるかもしれない。

縮れた双葉のアサガオでもちゃんと育つのか、花を咲かせて実をつけることができるのか、見てみたいから苗を交換しないで下さい、と。

遠い朝顔の記憶である。

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朝のひかり

0801003早朝から部屋の中で仕事をしていたら

強烈な朝の光が部屋の中に差し込んできた。

仕事の手を止めて、一呼吸。

玄関口から東の空を眺める。

0801002

今日も夏らしい空模様になりそうだ。 

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