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【泡瀬】海草移植実験地、その後。

いつの間にか「みどりの日」から「昭和の日」になっていた4月29日です。

今日は大潮で、しかも4月で一番潮が引く日だと気づいたのは昨夜。今朝起きたらまずまずの天気だったので慌てて泡瀬へ出かける準備をしました。ずっと続けている定点観測をしに行かなくちゃ!

最干潮時間は那覇で13:43(泡瀬はおよそ25分早い)、潮位-9cm。天気は午前中曇り、午後から晴れ間もありましたが、黄砂の影響か景色がかすんで見えました。

定点観測は、泡瀬干潟の埋立事業に先立ち、2001年の暮れから2002年の春にかけて行われた大規模な海草の移植実験地にて続けています。これは「環境に配慮し、影響を緩和させるため」の措置の一環として行われました。その結果はご覧の通り。

古い写真と並べながらみていきたいと思います。

<その1>

000506

2000年5月6日、移植実験が行われる前の、実験地付近。この日の潮位-6cm

海草が生えているところは盛り上がっていて、あまり生えていないところは透明度の高いタイドプールとなり、海藻が茂っている。

100429同じ場所より2010年4月29日。

近頃「異常潮位」が続いていて、全体的に以前ほど潮が引かなくなってはいるけれども、それだけではない。あきらかに海草場は衰退している。

実際、水面下にほとんど海草は生えていない。

<その2>

20010525s2001年5月25日、潮位0cm。
ここも海草移植実験地の近く。

上述の通り、海草の生えているところは盛り上がっていて、 潮だまりになっているところには海藻が生い茂っている。

1004290105252010年4月29日。上と同じ場所。

海草どころか、海藻すら生えなくなっている。

 

 

 

 

<その3>020401

2002年4月1日、潮位7cm。
移植実験地遠景。

このとき、すでに移植実験が行われ、海草場の衰退が激しく、たいへん悲しい光景に見えました。

しかし、このときはまだましだったと今年あらためて知ることに。

100429_2

2010年4月29日。

なんつーか、「そして誰もいなくなった」的風景。「そして何もなくなった。」

ここが豊かな海草場だったなんて、誰が信じるだろう?

 

 

<その4>

020401_22002年4月1日。

大潮の干潮時にもけっして干出しない深いところから機械で掘り起こされてきた海草の移植塊(約1m四方)が、手前で無惨な様を見せている。

その先に延々と見えるマウンド状の場所も、そのほとんどが運ばれてきた移植塊。

100429_3当時、運ばれてきた海草のほとんどが定着せずに枯死。→移植塊から砂が流出。 →周辺の健全な海草場を埋めて枯死させる。という惨劇が繰り広げられた。

この写真が今日、2010年4月29日。

ホントにみごとに「ただの干潟」になってしまった。海草移植しない方がナンボかマシだったよ、きっと。

開発行為の免罪符的に、よく「○○の移植」が行われているけれども、その生物がそこに「いる理由」「いない理由」、あるいは「多い理由」「まばらな理由」などというのが必ずあって、イイカゲンに移植してもその先で生きていけるとはとうてい思えない。

環境緩和措置と称して、生態系全体をみることなく安易な移植を行うことを、すべての事業で即刻やめていただきたい。費用対効果は“0”どころか生態系への悪影響を考えれば大きくマイナスです。

これこそ「事業仕分け」で諮って欲しいわ! 

写真・文とも 水間八重

キーワード 泡瀬干潟・海草場(アマモ場)・藻場・移植実験

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