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節分の思い出

ラジオを聴いていたら、「明日は立春だというのに今日は寒い」という便りが各地から届いているとアナウンサーが話していた。実際、沖縄でも今年はなかなか寒い節分であった。それで、ふと子どもの頃のことを思い出した。

小学3年生のころだったと思う。やはりとても寒い日だった。

小学校からの帰り道。どこからともなく子犬がついてきた。生後3ヶ月くらい。ベージュの短めの毛は、こざっぱりとして清潔そうだけれど、少し寒そうに見えた。賢そうな顔に、少し憂いを含んだ目が印象的だった。

子犬はトコトコトコトコこついてきは、時々立ち止まった。わたしはすこしもどかしくなって、自分の住んでいる町内に入ったところで、ついに抱き上げてしまった。子犬は、不安の色を見せることもなく、おとなしく抱かれていた。

家に着くとわたしは子犬をそっと玄関口におろした。そうしてゆっくり戸を開けた。

本当は途中から抱いてきたのだが、わたしは母に「子犬が、学校の近くからついてきてしまった」。と告げた。

父も母も、動物を飼うことには反対だった。飼っている動物が死ぬと悲しいからだ、といっていた。

けれども、母はけっして動物が嫌いなわけではなかった。寒空のもと、飼い主も分からぬお腹をすかした子犬を見て、母はミルクを与えることに同意してくれた。わたしはさっそく、どの器を使ってよいかを母にたずね、母はまた、ミルクを少し温めてやった方がよい、ということを教えてくれた。

せっせとミルクを飲む子犬を見ながら母は、少し目を細めながら「この子はシロタビを履いてる」と言った。

「シロタビ?」と聞き返すと、足先だけ白い毛が生えていて、白い足袋を履いているように見えるのだと教えてくれた。そうして、母が子どもの頃に飼っていた犬も白足袋を履いていた、と、ポツンと話した。

そうして急に思いついたように、「この子犬はずいぶん遠くからついてきてしまったようだから、飼い主を捜すのは難しいだろうし、もらい手を探すにしてもしばらくはうちで面倒を見るしかない」というようなことを言った。そうして母は、いそいそとみかん箱に古布を敷いて、子犬の仮の寝床を作ってくれた。

あんなに犬を飼うことに反対していたのに、そのときの母はけっしていやそうではなく、むしろ少しウキウキしているようでもあった。そうして、段ボール箱の寝床を屋根のついた物干場の一角に置いた。

その物干場は、居間にある掃き出し窓の軒先を延長する形でこしらえてあったので、子犬の様子は部屋の中からでもガラス越しにすぐに見ることができた。子犬はすぐに自分の居場所を理解し、時々寝床から頭をもたげ、人の気配を確認すると安心したようにまた丸くなって眠っているようだった。

そんな子犬の様子を見てワクワクしていたのはわたしや妹・弟だけでなく、母も子犬を可愛くおもっているようだった。わたしは母に、このままウチで飼ってもいいかときいてみた。

「お父さんにきいてから」というのがその返事であった。当然ではあるけれど、父は頑固者だったから望み薄だと思った。

ところがその夜、いつもより早く帰宅した父は、めずらしく上機嫌だった。その日はちょうど節分で、豆まきは父がもっとも楽しみにしている年中行事のようであった。

母は、昼の間に炒っておいた大豆を器に用意しながら、今、物干場に子犬がいることを話した。寒空の下、子どもについてうちまで来てしまったので、せめてもらい手が見つかるまでうちに置いてやりたいのだが、というようなことを話した。それについて、父は文句を言わなかった。

豆の入った器を持ち、サンダルを突っかけて外に出た父は、「どれどれ」と言って、まず子犬を見に行った。そうして一言、「白足袋を履いているなぁ」と、母と同じことを言った。それから父は、例年通り豆まきをはじめた。

父はまじめくさった顔で、神主が何かの儀式を始めるように仰々しく「福はウチ」と大声で唱えて最初の豆を撒いた。けれども「福はウチ、鬼はソト」と繰り返すうちに次第に興がのってきたらしく、なんだか少し楽しそうに家中の窓や扉から、豆をまいて歩いた。

わたしたちが住んでいたその町は横浜の西部にあって、首都圏のベッドタウンになっていた。「高度経済成長期の新興住宅地」であるらしく、どの家もひとしく出来てから20年、という様相を呈していた。遠い地方から移り住んできた人が多く、気さくなご近所づきあいがあり、母はよく「一昔前の下町のようだ」といって笑った。

そんな「下町」でも、節分に大声で豆まきをする家は少なく、うちを入れて2~3軒くらいのものだった。わたしは近所に響きわたる父の声を少し恥ずかしく思いながら、子犬が驚いて逃げやしないかと心配していた。

けれども子犬は逃げなかった。興奮してはいたけれども、わたしたち兄弟が豆を拾って歩くのをおもしろそうに追いかけまわしていた。

そんな様子を見て父は、「なかなか肝の据わった子犬だ」、と少し笑ってほめた。はっきりとは言わなかったが、子犬を気に入った様だった。

そこで母はすかさず、「この子犬のもらい手が見つからなければ、ずっとうちで飼っても良いだろうか」と、うまく話してくれたのだった。

父は、「もしもらい手が見つからなければ仕方がない。人なつこくてどうも番犬にはなりそうもないが、子どもたちが世話をするのならいいだろう。」といって、わたしたちに世話をすることを約束させると、存外あっさり飼うことを承知してくれた。

条件付きだけれども、事実上、うちで飼うことを想定したやりとりだった。とてもダメだと思っていたことが叶って、わたしはとても嬉しかった。そうして次の日になるのが待ち遠しかった。

明日から毎日、朝には子犬に水と餌をやり、学校から帰ったら散歩をするのだ!! 

眠る前にもう一度カーテンの隙間から子犬の様子を見た。いつもはその窓の雨戸も閉めるのだが、その日は子犬が寂しがるといけないからと、雨戸は開けたままだった。子犬は豆まきの時に興奮して疲れたのか、きちんと寝床で丸まっていた。わたしも安心して眠りについた。

翌朝は、いつもより早く目覚めた。布団の中でうっすらと目を開いたわたしは、外が妙に明るいのに気づいた。うっすらと、雪が積もっていた。

子犬が寒がっているかもしれない!

わたしは急いで服を着て、まずガラス越しに子犬の姿を確かめようとした。けれど、もう寝床を離れたようで、そこからは子犬が見えなかった。 玄関の戸を開けて庭に出た。

雪の上に、父の大きな足跡が付いていた。父は長距離通勤していたし、朝食を食べない主義だったので、いつも朝早く一人で起きて、そっと出かけていくのだった。

そうして、あろうことか、父の足跡を追うように、子犬の、梅の花形をした足跡が、家の外まで点々と続いていた。

うちの庭にはフェンスがめぐらしてあって、門扉もあったけれど、その柵の幅は子犬がすり抜けられる程度に広かった。そうして、首輪もない子犬には、まだ引き綱もクサリもつけていなかった。だから、外に出ようと思えばいつでも出られたわけだった。

わたしはすぐに外に出てみた。けれど、見渡してみても子犬の姿はどこにも見えない。足跡も、一歩うちを出てしまうと車の轍にかき消されていた。うなだれて家に戻ると、母と妹も玄関口に出てきていた。

「あの子犬はなんだかずっと人恋しそうにしていたから、朝早くお父さんが出かけたときに、後を追いかけて出ていってしまったのかも知れない」と母が言った。わたしはどうしてもっと早起きしなかったのかと悔やんだ。そして、妹と一緒に泣いた。母も少し寂しそうだった。あとから出てきた幼い弟は、困ったような顔をして立っていた。

わたしは一日、落ち着かない気持ちで過ごした。多分そんなことはないだろうけれど、もしかしたら、自分が学校にいる間に、あの子犬が家に戻っているかもしれない。そう思うとすぐにでも家に帰りたい気持ちだった。

だから学校がおわると急いで家に帰った。けれども子犬はやっぱり家には戻っていなかった。雪はとっくに消えていた。

夜になって父が帰ってきた。

わたしと母は、朝起きてみると子犬がいなくなっていたことを父に話した。父は、自分が家を出るときにはまだ子犬は確かに寝床で寝ていたし、門扉もきちんと閉めていった、ということを話した。

母の予想通り、父の気配を感じて目覚めた子犬は、門扉をすり抜け、父を追って出ていってしまったようだった。それを聞いた父は、少しだけ残念そうな顔をした。

そうして、父が言ったのか、母が言ったのか、もうよく覚えていないけれども、

「昨日は節分だったから、あの子犬はウチのよくないモノを連れて出ていったのかも知れない」というようなことを話した。

子犬をあきらめるための方便だとわかってはいたけれども、もしも本当に「よくないモノ」と出ていったのなら、あの子犬はずいぶん悲しい運命を背負っているものだ、と思った。

でも、わたしには「よくないモノ」ではなく、「ウチで犬を飼うという、またとないチャンス」を背負って出ていってしまったように感じられた。そうして、あの子犬がどこかの軒下で寒そうに丸まっているのを想像して、また少し悲しくなった。

その後、うちで犬を飼うことは二度となかった。

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