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2009年11月

美しき日々

19120301

11月上旬に大阪の家に帰ったとき、妹と一緒に母の遺品の片づけをした。

そのとき、わたしたちきょうだい三人が幼い頃かいた絵や日記を見つけた。

天袋の奥の奥、母がそっととっておいてくれたものだった。その場で処分しきれず、沖縄に送ってもらった。

先日、あらためてこれをひもといてみた。

目にとまったのは、黄ばんだB4サイズの厚紙10枚ほどを綴った手作りの冊子。表紙には「植物採集」というタイトルと、わたしの名が書かれている。

何年ぶりに見ただろう、父の字だった。

表紙をめくるとムラサキカタバミが貼ってあり、その下に「すいすいの花」と書いてある。神戸出身の両親は、ムラサキカタバミのことを「すいすい」と呼んでいた。

日付は昭和48年6月17日。わたしは4歳だった。

じっと見ていると、不思議なことにすっかり忘れていたいろいろのことが思い出される。

母は日頃から花を愛でていたが、考えてみると父も植物が好きだった。

植物標本の作り方は父が教えてくれた。押し花なら母もつくっていたけれども、わたしに標本用の押し葉や押し花の作り方を教えてくれたのは、父だった。

植物の特徴がよくわかるように花や葉を広げて押し葉をつくったら、直接台紙に貼りつけるのではなく、薄くて破れにくい紙で要所要所をとめるのだと教えてくれた。

そのとき手近にあったのは、レモンケーキの包み紙だった。その紙は和紙のように薄くて丈夫な材質だった。はさみのあとがゆがんでいるから、これを切ったのはきっと4歳のわたしだ。

すいすいを台紙に並べ、とめる場所を父に習いながら、貼りつけていったのだろう。標本は、その後少しずつ増えて、最後は昭和53年8月20日。小学3年生になったわたしは、日付も植物の名前も、もう自分で書いていた。けれども、あいかわらず植物をとめているのは黄色いレモンケーキの包み紙だった。

花の色はあせてしまったけれども、レモンケーキの包み紙は当時を思い出すのに十分なほど、いまも幸せそうな黄色を保っている。

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いやがらせ目的の訴訟 「SLAPP(スラップ)訴訟」

最近よくチェックしに行くブログに、『RadioActive』がある。
上関原発問題関連のイベント情報や、現地レポートをリアルタイムで見ることができたりする。

昨日アップした署名用紙のリンク先も、こちらなのであった。

それであらためて本家(?)の記事を参照しようと思い、『RadioActive』さんにお邪魔したら、

【ACT】追加募集・仮処分申請取り下げを求める嘆願/SLAPP訴訟/やんばる高江の現状

という記事にいきあたった。

SLAPP(スラップ)ってなんじゃらほい。
 →以下、wikipedia 「スラップ」 の項より引用(色文字は当ブログ管理者による)

============【wikipediaより転載開始】================
スラップ
(英: SLAPP, Strategic Lawsuit Against Public Participation)は、訴訟の形態の一つで、原告が判決そのものの勝訴ではなく被告に対するいやがらせを主な目的とした訴訟である。

経済的に力のある団体が原告となり、対抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。被告となった反対勢力は法廷準備費用・時間的拘束等の負担を強いられるため、仮に原告が敗訴しても、主目的となるいやがらせは達成されることになる。そのため、原告よりも経済的に力の劣る個人が標的にされやすい。表現の自由を揺るがす行為として欧米を中心に問題化しており、スラップを禁じる法律を制定した自治体もある。

===========【wikipediaからの転載終わり】==============

そうか! 中国電力による祝島島民らに対する仮処分申請ちゅうのは、あれは「いやがらせ」やったんや~。。。

圧倒的に力の差がある二者間において、強い者が弱い者を訴えるという構造は、なんだか不当な気がするけれども、どういうふうに不当なのかズバリ一言では上手く表現できなかったのだ。でも、これでわかったぞ。

「セクハラ」、「パワハラ」、「アカハラ」などと同じで、「その行為は<いやがらせ>である」とはっきり定義されると、実にわかりやすい。

ところで沖縄県東村高江地区では、米軍のヘリパッド建設強行に抗議し、座り込みを続けている住民14名に対して、一年ほど前に国から仮処分の申請が出された。

こっちは国が住民を訴えるなんて言う、究極の弱いモンいじめである。えぐいことに、両親とともに座り込みに参加した(かもしれない)小学生まで訴えられたと耳にした。しかも国側は、「これがうまくいったら、辺野古も訴える」、といっているらしい。

国による、住民運動の弾圧。実にムチャクチャだ。

上述の『RadioActive』でも紹介されているけれども、「国による住民いじめ」の意味がよくわかる記事をブログ『やんばる東村 高江の現状』より転載しておきたい。記事のタイトルは「明日、公開質問状を出します」。リンクを貼ってあるので、原文に当たりたい方は記事のタイトルをクリックしてください。

※転載記事中、赤文字は当ブログ管理者ミズマによる。

========【『やんばる東村 高江の現状』より転載開始】==========

2009年10月12日
明日、公開質問状を出します 

高江を支援して下さるすべての皆様へ

高江ヘリパッドいらない住民の会
共同代表 宮城勝己 安次嶺現達 伊佐真次
住所 沖縄県国頭郡東村字高江85−12
TEL/FAX 0980−51−2688

 私たち、沖縄県東村高江の住民は、米軍ヘリパッド建設の強行に抗議し、話し合いを求めて座り込みを続けてきました。ところが、2008年11月に、国は、座り込みをしていることが通行妨害だとして、裁判所に仮処分を申立てました。高江に住所がある、座り込みをしている夫婦を中心に14名が債務者とされています。

 私たちの生活を踏みつぶす、一方的で強圧的な政策に対して、私たち住民は、この2年間ずっと、抗議と説得、監視活動を続けています。弁護士などにも相談しながら、沖縄のこれまでの平和運動にも学びながら、平和的な反対活動をしています。決して、裁判や保全処分で排除されるような行為はしていません。

 国側、すなわち沖縄防衛局が提出した現場写真などでは、妨害行為の特定がなされないため、私たちが沖縄防衛局に建設中止の要請にいったときの名簿、新聞記事のコメント、ブログの記事、高江のヘリパッド問題を主題としたイベントや写真展などが、妨害行為の証拠として提出されました。これでは、まるで言論統制です。

 この、国による仮処分申立て自体が、住民への恫喝、住民運動に参加した者に対する強迫です。萎縮効果をねらった手段としての提訴は、「SLAPP訴訟」と呼ばれ、企業が弱い個人を攻撃するために使われ、極めて不当であると問題視されています。

 座り込みをしただけで、通行妨害などということがまかり通れば、生きていくための訴えをするあらゆる種類の住民運動にどれほどの萎縮効果をあたえるでしょうか。ましてや、これは国が国民に対して取るべき手段と言えるでしょうか。

 現に、沖縄防衛局長の真部氏は、これで高江の住民を排除できたら辺野古も訴える、と新聞インタビューで答えています。
これは、言論弾圧であり、民主主義の根幹である正統な住民運動に対する弾圧です。私たちは言論の自由、表現活動の自由、自らの生活を守るために、国による申立ての却下を強く求めています。

 この事実を、政権が替わったいま、新しい総理大臣や法務大臣に早く伝えたいのです。前政権からの引継ぎの結果、鳩山由紀夫総理大臣は、国政の最高責任者として、国が住民運動を訴えるという前例のない事態が進行していることをご存知でしょうか。千葉景子法務大臣は国の代理人として、このような申立てをご自分が起こしていることになっているとご存知でしょうか。

 10月13日以降に、裁判所が仮処分の決定を出せば、私たちは、当然、不服を申立て、本裁判に移行するように裁判所に起訴命令を申し入れます。国が法務大臣の名において住民運動を訴えるという、前代未聞の事態を引き起こす前に、知って頂かなくてはいけないはずです。那覇地裁の決定が出てからでは、遅いのです。

 時間がありません。

 各大臣に伝えようと、陳情や政党への要請などあらゆる方法をつくしているのですが、前例のないこの事態を理解して頂くには時間を要するのか、私たちの声が届きません。

 そこで、公開質問状を出すことにしました。マスコミを通じて政治の決定に責任を持つ閣僚のひとりひとりに、直接質問をし、私たちの声を届けてくれるかも知れないとの一縷の望みを託してのことです。

 皆様、どうか、橋渡しのための一助を、心からお願いいたします。

2009年10月13日
沖縄県東村高江
ヘリパッドいらない住民の会

=======【『やんばる東村 高江の現状』からの転載終わり】=======

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【上関】追加募集! 祝島島民らへの仮処分申請取り下げを求める署名

1105_上関原発建設予定地で、祝島のみなさまと一緒に建設阻止行動を行っている虹のカヤック隊のメンバーから、メールが届きました。

すでにご署名くださった方も多いと思いますが、下記署名の募集期間を延長するとのことです。

ぜひまわりの方へのお声かけをお願いします。

以下、メールの文章より転載

====================【転載開始】===========================

<中国電力株式会社による祝島島民の会など39人の人々への仮処分申請を却下する嘆願署名>

署名の締切日は12月11日(金)です。
署名用紙はこちらからダウンロードできます↓

【署名用紙 個人用】
http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/files/shomeikojin.pdf

【署名用紙 団体用】
http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/files/shomeidantai.pdf

******************

<嘆願趣旨>

 中国電力株式会社は、原子力発電所建設計画に反対する祝島島民の会など39人の人々を相手取り、予定地である田ノ浦での妨害行為をやめるよう求める仮処分を10月9日付けで申請しました。
 上関原子力発電所建設予定地の長島・田ノ浦は、豊かな生態系の残る海ですが、中国電力株式会社は、十分な調査もしないまま、埋め立てに着手しようとしています。
 一方、予定地から4kmしか離れていない所に集落がある祝島の人々は、長年にわたる阻止行動及び9月10日からの一連の行動に見られるように、また、漁業補償金を受け取らない姿勢を貫いてきたことからも、原子力発電所を望まず、漁業で生計を立てたいと、はっきりと意思表示をしています。
 埋立て工事や原子力発電所建設・稼働などによって受ける生活への影響や心理的圧迫を考えると、祝島の人々が自身の望むように生計を立てることは、当然の権利として認められたものではないでしょうか。自身の生活を守るための、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」であると思われます。
 以上のことから、中国電力株式会社による祝島島民の会など39人の人々への仮処分申請の却下を嘆願します。

====================【転載おわり】=======================

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そっくりさん!?

112603ベランダ菜園でナスがなっております。

そこそこ大きい実がなる種類の苗だったハズなんですが、なにぶん初めて育てるので育て方がよくわからず、丸っこい小さいサイズの実が生っております。

どうもそのぶら下がっている様子が何かに似ているなぁ…とおもったら、艶といい、大きさといい、電球そっくり!

と、おもって並べて撮ってみましたが…

似てる? 似てない?

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かおりがうえからふってくる

112602ご近所の大石公園を通り抜けて、買い物に行った。

大きな公園なのでいくつか出入り口があり、いつものお散歩では通らない出口に向かって階段を下りてゆくと、途中、頭上から香りが降り注いできた。

??? 

香りはすれども、姿は見えず。

それもそのはず、想像していたよりも大きな木で、白い花は高曇りの空にとけこんでよく見えなかったのだった。

香りの正体は、クチナシでありました。

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【上関】 原発建設阻止行動へ応援・ご協力のお願い

中国電力が計画している山口県上関原発の建設阻止行動に参加している友人たちからのお願いです。

上関原発を考える広島20代の会のブログから転載します。
※『上関原発を考える広島20代の会』については、ハチの干潟調査隊HPをご覧ください。 

--------------------【転載開始】------------------------------

●上関原発 建設阻止行動へ応援・ご協力のお願い

現在、建設予定地の田浦で有志による阻止行動が続いています。
皆、仕事を休んだり休日を使ってのボランティアでの参加者ばかりです。

物資・カンパ等、ご支援・ご協力いただけると大変助かります。

★★ カンパ協力をよろしくお願いします。 ★★

現地での阻止行動を今後も続けていくにあたり、物資の供給の協力が必要です。
ご協力おねがいします。
以下の使わなくなった物資があればぜひ、阻止行動に有効に使わして下さい。

・ LEDライト 
・ 自動車用緊急保安炎筒(有効年数が切れたものでも可)
・ 船舶用緊急保安炎筒(有効年数が切れたものでも可)
・ ロウソク 

※テント ・ カヤック ・ パドル ・ ゴムボート ・ ダイビングスーツ

なお、※印が付いているものについては、物資の状況をお聞きしたいと思いますので、
まず連絡をおねがいします。

また、物資の届け先についても、電話連絡で受け付けています。
よろしくお願いします。

連絡先:080-3882-2372(岡田)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

また、カンパを募っています。上関原発阻止行動に使わせていただきます。よろしくお願いします。

振込み先: 広島銀行 三原西支店 名義人・オカダカズキ 普通預金口座番号・3069271

なお、振込みをされた方は、お手数ですがメールにて連絡をおねがいします。
メール:Earth_166@hotmail.com

-------------------【転載終わり】------------------------------

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で~じじょうとう!竹ピンブラシ。

112001使っていたヘアブラシが壊れてしまった。

買った当時は、お隣の国の労働搾取の結果つくられた商品だという認識がないまま、100円で入手した。全面的に石油由来の原料でつくられたそれを、10年ほど使った。

今度はもう少しヒトにも環境にも負荷をかけていないものがほしいとおもって、首里にあるエコショップ「えころん」に行った。

えころんには、自然環境からも人からも搾取しない、持続可能な生活を提案する商品が所狭しと並べられている。竹ピンブラシも定番商品だ。

柄は木製。ピンは竹製。台座だけ、合成ゴム。…「天然ゴム」のプランテーションにもけっこう問題があるらしいから、台座が合成なのは勘弁してね。

まず、柄の部分の手触りがよい。それから、わたしの髪は癖があってブラシが通りにくいのだけれども、このブラシはすんなり通る。

そこからが問題だ。ブラシが通るのはいいけれど、そういうのはたいてい地肌にあたると痛いんだ。けれども、このブラシはなんと気持ちがいい!

それに、アフターサービスも充実している。竹ピンは台座から外れて無くしても、送ってくれるそうです。台座が傷んでもなおしてくれると言うし、これって、一生モン!? 

マジメにものづくりをする人たちは、ちゃんと使う人の立場に立ってつくっているんだなぁとあらためて実感。つくる人、使う人。売る人、買う人。みんなお互いのことを思いつつ、モノがめぐるって、なんだかいいですね。

オススメです。

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いくら丼、うみゃ~!!

昨日ショッピングモールに行きました。お目当てはJA相馬村の無添加100%リンゴジュース。体調が悪くて体が何も受け付けないときでもコレだけは飲める、ということがありまして、わたしにとってはいわば非常用の備蓄食糧(!?)です。

…が、みあたらない。「休日に」「わざわざ」「人の多いところへ」「遠出した」のに。ヒジョーに残念な思いを抱えつつ店内を何となく見て歩くと。

なんと! 生筋子発見!! あぁ、去年はずっと待っていたのにお目にかかれなかった生筋子様。今年もすっかりあきらめていたのに、なんてラッキー! (この時点でリンゴジュースが見つからなかったことはすでに忘れていた)

さっそく買い求めて帰り、筋子をほぐして「いくらの醤油漬け」にしました。
※レシピは男の趣肴さん、No51「いくら醤油漬け」参照。

冷蔵庫で一晩寝かせ、味をなじませます。市販のいくらのほとんどは漂白剤や着色料(もしくは発色剤)、保存料その他、まぁたいてい何らかの添加物が使われているが、うちでつくれば添加物の心配がない。

さてさて、一晩経って今日。小ドンブリに炊き立てのご飯と刻み海苔、それからいくらの醤油漬けをたっぷりのっけて、いくら丼だ!! ご飯はもちろん先日弟のところから届いた魚沼産のコシヒカリだ。

112302うみゃ~がや!! うまくにゃーはずがにゃ~だよ。

あ~、なんて贅沢。

こういう贅沢はしかし、一年に一度でいいね。でないと体壊しそう~(笑)

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双子ちゃん

111803山口で拾ってきたドングリ。少しずつ炒って食べているのですが…

双子ちゃんが出てきました。

どんなふうに芽を出すのか、植えてみようかな~。

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田布施みやげのういろう

上関原発建設予定地から帰って2週間近く経ちましたが、やっとのこと田ノ浦の写真をアップおわって、公開をはじめました。

ほっと一息、お茶の時間にでもしましょうか。オススメの山口土産をご紹介。

111601山口県田布施町の田布施地域交流館のことは前にもちょっと書きましたが、そこで売られていた「ういろう」はちょっとかわり種。

「そば」とか「いちじく」とか、今回は買ってきませんでしたが「いちご」もありました。

いちじくとういろうって合うの~?って思いましたが、いちじくは生のままではなく、一旦火を通しているのでしょうね。

いちじくジャムもつくっているようなので、ジャムを使っているのかも知れません。そういうぽってりとした味で、けっこうおいしいです。いちじくのプチプチした種がアクセントになっていて、ういろうとしては、ちょっとおもしろい食感です。

そばのういろうは、開封したとたんにそばの香りがひろがります。しっかりとそばの味がして、するっとした食感もいきています。ほかの材料とそばの配合が絶妙だと思いました。これまたうまいです。

よもぎは想像どおりの味でしたけれども、地域の特産品をいかし、「山口名物ういろう」に特色を出すまでにはずいぶんとご苦労もおありだったと思います。

「名物にうまいもんなし」とも言われ、たしかに工業的インチキ食品はその通りになっていると思いますが、地元産の原料を使って丁寧につくられた「名物」なら、こんな風においしいものもあるんだなぁと、嬉しくなってしまいました。

しかもねぇ、どれもお手ごろ価格なんですよ。直売だからできる値段なんだろうなぁ~。

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出産の内祝にお米が届きました☆

111802弟夫婦のところに二人目のこどもが産まれた。

あたらしい命の誕生というのは嬉しいものだ。身近ならなおのこと! 

しかし、とろくさいワタクシは、お祝いの品をあれこれ選んでいるうちに、さきに内祝いが届いてしまった。

ヤラレタ!

それがなんと、赤ちゃんと同じ重さのお米。袋には赤ちゃんのほぼ実物大写真がプリントされていて、「抱き上げてみてください」、というメッセージつき。

どれどれ、と、抱き上げてみる。

写真の顔が間近にあって、なんだか本当に赤ちゃんを抱えている気分になる。うーん、こりゃすごい。

マイリマシタ。

中身のお米も凝ってます。新潟県魚沼産の最高級コシヒカリ。しかもちょうど米が切れそうだったので、アネはたいへん助かりました。

いつもは押し麦を混ぜて炊くのですが、せっかくなので米だけで炊いてみました。炊いている最中から、ふわーんといい香り。土鍋の蓋を開けたらば(あ、いつも土鍋でご飯炊いてるんです)、 ギンシャリが眩しい、キラキラしちょる!! おかずがいらないくらい、とってもおいしいよ~。

大切にいただきます。ありがとうございました。

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萌え~♪

111902不埒な響きに聞こえるのはなぜだ…

ほんとうに萌えてるんです、 ヨモギが。

ワタクシ冷え性でして、ベランダ菜園にヨモギを生やしています(ヨモギには冷えを和らげる効果がある)。

ご近所の公園で3本ほどいただいてきて、大切に育てること3年。やっとプランターのトロ箱いっぱいに茂りまして、今や日々の薬草茶には不自由しないほどになりました。

11190411月上旬、しばらく家を空ける前に、かなり短く刈り込み、お茶にして飲んでしまったのですが、今またウワーッと萌えている、というわけです。

摘むほどに葉を茂らせる蓬かな

ういやつです。
ヨモギさんに感謝(合掌)

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栗の渋皮煮入りのパン

111608うちで飼い続けているパン種の酵母君は、旅で10日も家を空けていたのにゴキゲンです。

出かける日の早朝、餌の小麦と砂糖をやり、半分に分けて、一方はすぐ冷蔵庫に、一方は少し発酵をはじめたところで冷凍庫に入れてみたのです。

冷凍庫の方は実験でした。冷蔵庫で10日保存すると、発酵しすぎてしばらくは歯にねっとり粘り着くパンを食べることになるので、なんとかならんかと思ったわけです。

戻ってから冷蔵庫と冷凍庫に入れてあった二つのかたまりをあわせてパンを焼きはじめましたが、通常のペース(3~4日に一度焼く)と同じようにおいしいパンができています。今度から家を空けるときにはこれでいこう。

ところで今日はそのパン種に、先日つくった栗の渋皮煮をどかどかと入れてパンを焼いてみました。いつもは小麦と水と黒糖と塩で生地をつくるのですが、今日は黒糖のかわりに渋皮煮の煮汁を使いました。もちろんその分水は控えめに。

生地を練り上げ、次のパン種分を取り分けたら、栗を混ぜ込み、発酵させました。途中で思いついて、パンの表面に炒って砕いたドングリを振りかけてみました。

焼き上がって食べてみたら。うっまーい!! 我ながら、パン生地の控えめな甘さと栗がよくあっております(笑) 

なんだかものすごく贅沢な栗パンになりました。 

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虹のカヤック隊の仲間たち

上関原発計画を止めようと行動している、「虹のカヤック隊」のみんなはどうしているかな~と、気になって仕方がありません。なんだかやっぱりまだマブイ(魂)は上関あたりをウロウロしているようです (^^;)

1106_0708カヤック隊に参加していたのは、祝島のみなさんに心動かされた人、上関の美しい自然をそのまま未来の世代に伝えたい人、原発そのものに不安や疑問を感じている人、いろいろですが、20~30代の人が中心でした。

もちろんもう少し先輩もいますし、年齢がそのままあだ名になってしまっている(!?)「18歳!」君もいました。

※写真は田ノ浦に待機中のカヤック。左奥に見える島影が祝島。

少し前まで何かの運動団体の人たちというのは、「辛いことは美しい」とか「苦しいことは美しい」というような運動美学を持っている人が多くて、「オレがこれだけ何もかも捨ててがんばっているんだから、オマエもガンバレ。」というような無言のプレッシャーを感じることがあったのですが、虹のカヤック隊にはそういう雰囲気は感じられませんでした。

地元の人もいるけれど、遠くから参加している人もいます。
「ここに原発がつくられれば、その電気は広島にも送られてくるから」と、広島から来ている人。
「これは瀬戸内全体の問題だ」と、四国から来ている人。
旅をしているうちに出会った祝島に惚れ込んじゃって、ここにいる人。エトセトラ、エトセトラ。

まるっきり生活全部がカヤック隊に浸かっているらしき人も何名かいましたが、多くは生活者であり、自分の生活とのやりくりをしながら参加している様子でした。

メンバーはだから完全に固定されているわけではなく、わたしのように気になってちょっとやってきた旅人に対しても非常にオープンでありました。さらにはまわりに良き理解者や支援者がいて、この小さなコミュニティーは風通し良く気持ちの良い仲間たちでした。

メンバーたちの思想信条も様々です。
もともと環境問題に関心があって、自分の地元にもダムとか、基地とか、原発とか、埋立とか、いろいろな問題を抱えつつ、上関のことが気にかかってやってきた人。
平和運動に関っているうちに原発の問題にも関心を持って、やってきた人。

なにより印象に残ったのは、環境にも平和関係にもなーんにも興味がなかったのに、いまカヤック隊にいるF君の話でした。

「オレ、ここにかかわる前は全然フツーだったんすよ。環境とか興味なかったし、車大好きだし。で、なんだか日本はダメだって思っていて、ニュージーランドに一年くらい行ってたんですよ。その海辺の風景がとっても気に入っていて。

でも、日本に帰ってきて、ここ(田ノ浦)に来たら、なんだこりゃって、思った。ニュージーランドでオレが気に入っていたのと同じ風景が、こんな近くの、こんな足下にあったんだ。

だけどここには原発の計画があって、それをやめさせようと思ってこんなにがんばっている人がいるって、そのときはじめて気づいた。日本も、まだまだ捨てたモンじゃないって思って、それでいまここにいるんだ。」

フツーの車好きの青年が捕らえられてしまった風景。こんなふうに人の心を捕らえるナニカが、田ノ浦にはある。様々な背景を持った人たちがすごい団結力を見せるのは、その一点で繋がっているからではないか、という気もするのです。

田ノ浦の浜で寝転がって風に吹かれ、空を眺めたとき、「これが『阻止行動』の最中でなく、ただの行楽だったら、どんなにすばらしかっただろう」と、思ったものです。

上関原発問題が気になっている人、ぜひ一度現地に足を運んでみてください。

行けないけれども気になる方へ。

先月発売された写真雑誌『DAYS JAPAN』 2009年11月号で、上関問題について大きく取り上げられ、緊急増刷されたほど売れているそうです。ちなみに、わたしは当地を歩いたあとにこの雑誌を読みました。雑誌発売から何日かは「DAYSを見ました。お話を聞かせてください」と、テント村にやってきた人もいたようですが、わたしが行ったときにはそういう人はもういませんでした。

【上関原発に関する情報が得られるサイト】
 ◆RadioActive 
 ◆上関原発 最新情報 
 ◆長島の自然を守る会 スナメリ通信 
 ◆上関原発を建てさせない祝島島民の会 
 ◆STOP!上関原発 

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神花山(じんがやま)のドングリ

「上関」へは、ちょうど原発計画関係で中電がしびれを切らし、大転換が起こる時期に訪問してしまった。

1105_0607このところつくづく感じることは、わたしはどうやら「目撃者」で「伝達者」という命を帯びてこの世に生を受けたものらしい、ということだ。

仕合わせとか、めぐりあわせとか、人は言う。背負ったものはなかなか重いが慎んで受け入れるよりほかない。

1105_0612体は沖縄に帰っても意識がまだ上関あたりをウロウロしているようで、しばらく変な感じだった。

ここ2~3日で、やっとタマシイも沖縄に帰ってきたようだ。ある程度まとまった報告を書いたからかも知れない。

1105_0614そうそう、ひとつ書き漏らしていた。

田名埠頭から見えていた、神花山(じんがやま)の神社へ詣でた話。

神花山は小さな山だけれど、常緑樹に覆われて、まるで深い森の中のお社のようだった。

1105_0610たくさんドングリが落ちていて、それは、生のまま食べても渋くない種類だった。

わたしは、当地に来る前から、なぜだかここで、おいしいドングリが拾えると確信していたのだった。

1105_0638お社の神様には、「この地をお守りください」と祈って、それから「ドングリをいただきます」と申し上げ、両手にいっぱい、ドングリをいただいて帰ってきた。

それを炒ったり茹でたりして友人たちとの夕食会に供したことはもう書いたよね。

←スダジイのようでもあり、ツブラジイのようでもあるドングリ。宿泊地に持ち帰って撮影。

上の3枚は山口県平生町神花山の神社境内にて 2009.11.05. 撮影。

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田布施の栗で渋皮煮

11月上旬、上関原発問題の周辺を歩いていたときのことでありますが、なにか山口土産を買って帰ろうと思って、平生町田名(たな)埠頭に最寄りのJR田布施に近い、田布施地域交流館というところをのぞいてみました。

地元の農産物や農産加工品を中心に、花の苗やら海の幸まで品揃え豊富。

しかも! 田布施のまちは、歩いていてもあまり人に会わない静かなところなんですが、交流館は近隣市町村からもお客さんが大勢やってくる、すごいにぎわいスポットでありました。

ここで、わたしは栗とひじきとういろうをゲット。栗は、大粒なのに 1キロ 500円 という安さ。もちろん地元産。あ、そうそう、米粉ロールも食べました。ういろうについてはまた後日アップしますが、加工食品も安心素材でおいしかったです~。

というわけで

【栗の渋皮煮の作り方】

111201①1キロの栗は、鬼皮を剥いて一晩水につけます。あとの作業は翌日に。

111301②水を捨て、あらためて栗がかぶる程度のひたひたの水に重曹小さじ1を加えて火にかけます。沸騰したら12分間弱火で煮て、火を止めたら静かに汁を捨てます。これを3回繰り返す。

③再度、ひたひたに水を入れ、煮立ってから2~3分後に、砂糖600gを入れ、さらに弱火で30分煮ます。

111402④しあげに酒を大さじ1~2程度入れ、蓋をして火を止め、そのまま一晩おいて味を染み込ませます。

栗の渋皮煮のできあがり。

※わたしは白砂糖ではなく、黒糖とキビ砂糖をあわせて500gにしています。甘さ控えめで、コクがあり、しかも栗の味を引き立てていると思います。

どうぞお試しください!

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島人参の間引き菜

先日うちで食事会を開いたときに、U原さんが島人参の間引き菜をお土産に持ってきてくださった。

111503U原さんは、エコショップを運営していて、この島人参は当然無農薬! 

早速、丸ごと刻んでスープや汁そうめんの薬味に(というにはかなりどっさり)入れていただきました。

適度な歯触りとセリ科特有の香りが食欲を刺激し、うっまーい!! ついでにとっても体が温まったような気がしました。

111504ところで島人参は、へたのところだけをプランターに植えても、ちゃんと葉を伸ばして花を咲かせるくらい生命力があります。

少しそだってきたところで、伸びてきた葉っぱをときどきいただきつつ、花も咲かせて種を取り、次の年には小さな島人参をプランターで育てたことがあるのです。

111505この間引き菜は活きがいい! しかもちゃんと根っこがついているので、数本分は根を残し、プランターに植えてみることにしました。

ちょいちょい葉っぱが食べられると嬉しいなぁ~。

一本ぐらいは残して、また花を咲かせることができるといいんだけど、と、早速とらぬ何とかの算用をしております。

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【上関】2009年11月8日、原発建設予定海域では何が起きていたのか

11月7日から8日の上関原発建設予定地の海上での状況について

10/28に上関原発建設予定地の工事海域を示すブイを本来の位置からずれた位置に設置した中国電力は、そのまま11/5から海の埋め立て工事の準備作業を本格化させました。そのため漁業者をはじめとした祝島島民やシーカヤッカーは、田名埠頭に続いてここでも強引な工事に対して抗議をしてきましたが、そのような状況の中で11/8にシーカヤッカー1名が作業員らに取り押さえられた際に負傷するという事態が起きてしまいました

下記に掲載した文章は、有志が関係者や撮影した映像などをもとに当時の状況をまとめたものです
今回の件に対する島民の会としての正式な見解ではありませんが、海上保安庁からの正式な発表がないため情報が錯綜し、またその保安庁が祝島の漁業者やシーカヤッカーから聞き取り調査を行わない現状では、少なくとも当事者や祝島の漁業者、シーカヤッカーたちから見た当時の状況をお知らせする必要があると判断し掲載するものです

なお祝島島民の会としては11/13に中国電力の埋め立て工事の進め方についての山口県と二井山口県知事の認識を問い、また工事の中止を求める申し入れを行う予定です

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2009年11月7日から8日の上関原発建設予定地の海上での状況について

 2009年11月5日より中国電力は、祝島島民をはじめとする上関原発建設や海の埋め立てを望まない地元住民に対して説明や理解を求めるアクションを何もしないまま、上関原発建設予定地周辺の海域の埋め立て工事の準備作業を本格化させてきました。祝島の漁業者は漁業補償金の受け取りを拒否し、漁業者以外の島民らとともに埋め立て免許の取り消しを求める訴訟を申し立てるなど、原発に反対し海を守り、島での生活や自分たちの命を守るという意思を原発建設計画が浮上してから27年にわたり明確に示し続けてきました。そのためこの埋め立て工事の強行に対しても、同じ思いを持つ島外のシーカヤッカーたちとともに同海域で抗議行動をしてきました。

11月7日、祝島を望む原発建設予定地のやや沖合では、作業台船が上関町内の漁船10隻前後や数隻の警戒船とともに午前5時20分ごろに現場海上に現れ、漁船を台船の周囲に配置し綱で結び、工事に抗議する祝島の漁船やシーカヤックを台船に近づけさせないようにする形で作業を行いました。その作業の際、クレーンからワイヤーで吊りあげたブイやそれを固定するためのコンクリートのブロックが台船周囲の漁船や祝島の漁船、シーカヤックの頭上を通る形でアームを回転させ、設置ポイント付近に漁船やシーカヤックがいてもかまわずそのブロックを海に落とし込む作業の仕方をしてきました。

また台船の周囲にいる漁船は作業船や警戒船であることを示す標識等はいっさい明示しておらず、乗船している漁業者も通常の漁業者の服装をしており、ヘルメット等の防護装備も一切していませんでした。中には前述の服装で台船に上り、作業員らと作業の進め方を相談していると見受けられるような行動をする漁業者もいて、さらにその中には山口県漁協の理事を務める人物もいました。

台船上には中国電力の社員も目撃されています。服装は通常の中国電力社員が着る特徴的な緑色の作業着でなく他の作業員と同じような色のものを着ていましたが、田名埠頭での阻止行動の際に中国電力の社員として船上にいた人物であることを、その田名埠頭で何度も間近で顔を合わせたシーカヤッカーが確認しています。

 埋め立て工事そのものはもちろん、こういった中国電力側の作業の進め方にも抗議の意思を示すために祝島の漁船はブロックを投下すると思しきポイント付近や台船の周囲に船を留めましたが、台船やその周囲の漁船は、祝島の漁船を船体でゆっくりと押し出すようにして移動させ、作業を行いました。またシーカヤッカーが抗議のためにワイヤーに手をかける行為をした際には、ワイヤーを沈めてシーカヤックを横転させたり、仮桟橋付近の作業台船はワイヤーにしがみついたシーカヤッカーをそのまま台船上まで吊り上げるといった対応もとりました。

 この日、海上保安庁の船は現場近辺の海上に姿を見せていなかったため、こういった一連の経過について保安庁に連絡をした祝島の漁業者もいましたが、保安庁の船は現場に見に来ることはありませんでした。
 翌11月8日、工事海域に停泊していた台船は、前日以上に綱をしっかり張って固定した漁船10隻前後で周囲を囲みました。台船と側面と漁船の舷側の隙間が50㎝もないほどでした。漁船に乗った漁業者や作業員は、近づこうとするシーカヤックを先に金属製のカギのついた竹ざお(ハッカという漁業者の道具)などで突く、あるいはカギの部分をカヤックの船体にひっかけてひっぱるなどして接近を阻止しました。
そしてコンクリートのブロックを沈める際は台船の周囲の漁船の頭上まで吊り上げ、下ろす時だけ台船と漁船の間にわずかな隙間を作ってそこに落とし込む方法をとりました。漁船の漁業者は昨日と同じような服装や装備でした。

 この日、この作業台船は3つのブイの設置作業を行いましたが、負傷者が出たのは3つ目のブイを作業台船が設置しようとした午前8時前後です。負傷したシーカヤッカーは、2つめのブイの設置作業の際に漁船と台船の間にシーカヤックを入れ、船体同士の間に起きる不規則な波でシーカヤックが不安定な状態になったので漁船のふちに手をかけたところその漁船の漁業者に「触るな」と言われて手を払われ、転覆する前に身の安全を優先させて自らシーカヤックを降りて海に浮かびました。その際、漁船上にいた漁業者と作業員に手や服をつかまれて半身を引きずり上げられましたが、その時は振りほどいて流れて行ったシーカヤックまで泳いでいき、そのまま海上で乗り込みました。

 そして3つめのブイの設置作業の際も先ほどと同様の状況になり、自らシーカヤックを降り、今度は台船と漁船の間に吊るされたワイヤーにしがみつきました。そしてそのすぐ後に漁船上にいた作業員を含む4名に手や服などをつかまれて羽交い絞めにされた格好でワイヤーから離され、漁船の上に引きずり上げられました。その後、漁船上で作業員らにそのままうつぶせに手足を取り押さえられ、背中や腰を膝で押され、またその際には首も絞められたとのことです。

 最終的に仰向けの状態で腕や足、首などを作業員や漁業者3~4人がかりで押さえられ、ブイの設置が終わった後に船上の状況に気づいた別のシーカヤッカーが助けに入るまでその状況は続きました。
 作業員らが体から離れた後、助けに入ったシーカヤッカーの手を借りて立ち上がりました。足元はふらついておぼつかなく、台船に向かって一度叫びましたが、すぐにその漁船上に座り込んでしまいました。多少の受け答えやお茶を飲む行為はできていましたが、助けたシーカヤッカーによると目がうつろで反応が鈍く朦朧とした様子で、また本人によると首を絞められて呼吸ができなくなったあたりから記憶が途切れ、その後はうっすらと飛び飛びでしか記憶がないとのことです。

 しばらく拘束を受けていた漁船に座っていた後、漁船横につけた祝島の漁船にシーカヤッカーの手を借りるなどして移動し、そのまま現場海上から平生町の田名埠頭まで移動しました。そこで連絡を受けて待機していた医師の診察を受け、頭部の外傷は無いが意識レベルの低下と誤嚥性肺炎の疑いがあるため、医師の判断により救急車で最寄りの総合病院まで搬送されました。総合病院の緊急外来で診察を受けた時には意識レベルはかなり改善していましたが、発熱および咳嗽があり誤嚥性肺炎の疑いで入院となりました。

 入院後、悪寒、発熱があるものの会話も可能となり、海上保安庁の事情聴取を受けました。

 一方、現場海域周辺にはこの日も海上保安庁の船はおらず、祝島の漁業者からの通報を受けてようやく現場に来て、事情聴取を始めました。しかし作業台船や台船周囲の漁船の話のみを聴き、助けに入ったシーカヤッカーを含む他のシーカヤッカーや、祝島の漁業者に対しては一切事情を聴こうとはしませんでした。この状況に危惧を覚えたシーカヤッカーらが作業台船側だけでなくこちら側の話も聞くよう呼びかけましたが、保安庁は無視したとのことです。

=================【以上、転載】==========================

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ナスがなる

なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも。ナセルはアラブの大統領! …って、誰が言っていたんだっけ。子どもの頃に、身近な大人が呪文のように唱えていたんだけれども、もしかして父だったか、それとも母だったか!?  ヨクオボエテイナイ。(^^;)

それはさておき、今日は「ナスがなる」話なのだ。

111502いやぁ、それにしても、ひさしぶりにやわらかいネタで、書いている本人が一番ホッとしていたりして(笑)

夏前に実をつけたきりのベランダのナス。実はつけないものの、まだ生長を続けていたのです。そうして秋にさしかかり、ついにやっと! 二つめの実をつけました。

なんと言っても秋ナスはウマイ! と、喜んでいたら、なんと今、一度に四つも実がなって、驚いています。 おぉ~!ナスさん、ホントウニ、ヨク、ガンバッテイルネ。

これからは気温がグッと下がるはず。ナスは体を冷やすので、たっぷりの生姜と一緒に食べることにしよう。

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山口土産で夕食会

というわけで、友人たちに「上関原発建設予定地の様子について話します」と呼びかけ、我が家で夕食会を開きました。

【メニュー】

○炊き込みご飯 (祝島産のひじき、対岸の田布施産青大豆、同じく山口県徳山で拾ってきたギンナン入り)
 煎った干しアミを添えてみました。磯の香りと旨味が増してサイコー☆

○大根と人参と厚揚げの煮物 (カツオだし、塩ベースの薄味)
 アクセントに、市販の柚胡椒と、自家製唐辛子味噌を添えてみました。なくてもウマイが、つけてもウマイ!

○サンマの煮付け (昆布、醤油、みりん、梅干し、酒で味付け)
 圧力鍋で沸騰後10分加熱して、急冷。味もよくしみ、骨まで柔らか。わたしは、骨も頭も丸ごと食べるのが好き。

○水菜と湯葉のみそ汁 (長期熟成自家製味噌が八丁味噌みたいに黒くなっています。まろやかな味です。)
 具が多すぎて味噌煮みたいになってしまったのが玉に瑕?  ^^;) 

○デザート 大阪土産の「五感」という洋菓子屋さんで買ってきた信州くるみと洋梨のパウンドケーキ
 生ケーキも焼き菓子も全面的に善良な材料だけを使っている。味も最高のすばらしいお菓子屋さんです。

○お茶請けに田布施で拾ってきたドングリ!(茹でたのと煎ったのを用意。)
 スダジイかツブラジイ。またはそれらの雑種か…? 茹でたのはホクホクして甘みが引き立ちます。

ギンナン入りの炊き込みご飯は、以前韓国で食べたことがあるのですが、それがおいしくて忘れられず、ついにやっとうちで再現! おいしかった~。

さらに集まってくれたみなさんがいろいろと差し入れをしてくださり、盛りだくさんな内容となりました。

Uさんのインゲンとルッコラのサラダ、おいしかったなぁ~。インゲンは甘くてやわらかく、茹で加減も絶妙でした。ルッコラというお野菜は初めて食べました。形は丸みを帯びたタンポポの葉のようで、ホウレンソウのようなぽってり感があってやわらかいのですが、ほんのりわさびのような刺激があり、さわやかな味です。とても気に入りました。

忙しくて、うちでゆっくりできないと言う友だちには、テイクアウトしてもらいました。職場で仲間たちと食べたそうですが、そちらではサンマが大好評だったと知らせてくれました。

Dsc_0696夕食を食べながら地図をひっくり返し、「長島の自然を守る会」が作成した長島フィールドガイドをひろげ、いろいろ話しているうちに、おじさん一人は夢の中(笑)。

ほかのみんなは、田ノ浦の波に磨かれた、色とりどりの丸い石に釘付けになりながら、「行ってみたいねぇ~」。

ぜひ行ってみてください。だって、みなさんはもう祝島のひじきを食べちゃったんですから、あの海と直接繋がっているんですよ~!!

あぁ、しかし。食べてしゃべってしているうちに、すっかりご飯の写真を撮るのを忘れていました。

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【上関】原発建設に関して、山口の若者たちへSOS!

山口県上関原発の建設阻止行動に加わっている虹のカヤック隊のメンバーから、「上関原発を考える山口若衆(わかいし)の会」(以下、「山口若衆の会」と略)の呼びかけを頼まれました。

「山口若衆の会」原発建設計画に対して直接意見を言う機会がなかった、若い人たちの集まりです。

彼らは山口県庁に対して、自分たちの意見を聞く場をつくるよう申し入れをしましたが、なんと拒否されたとのことです。

原発建設に疑問を感じたり不安を抱える人の意見を聞かず、説明もしないと言う態度は、公的機関として問題があります。

山口県は、誠意ある態度を示してください。

以下、「上関原発を考える山口若衆の会」の呼びかけ文を転載します。

=======================【転載開始】===========================

上関原発を考える山口若衆(わかいし)の会

1982年、山口県熊毛郡上関町で上関原子力発電所計画が持ち上がりました。わたしたちにとって、正しい判断や意思表示をすることが難しい子どもだったころの話です。もし上関原発が建設されてしまえば、埋め立てや温排水による生態系の影響や放射能汚染の問題、核廃棄物の処分方法など様々な問題が生じます。その計画を立てた人たちは、わたしたちや未来の子どもたち、そしてそこに生息するたくさんの生き物たちのことを本当に考えてくれていたのでしょうか。5年後、10年後、原発が稼動するころに子育てをするのはわたしたちの世代です。これ以上、負の遺産を残したくありません。

今年10月には、上関町の『原発建設計画中止!』を求める署名が約61万人分集まり経済産業大臣に提出されました。さらに地元住民や県内外の若者が、埋立工事の阻止行動に参加している現実があります。こういった住民の声が反映されず、理解が得られない中で計画が進められることに対して疑問があります。

わたしたちは、この問題を解決しようとする様々な人たちと共に手を取り合いながら未来に希望の虹をかけていきたいと思います。わたしたちと未来につながる命のために色々な形でこの問題に対し一緒に行動していきませんか?1つ目のアクションとして、山口県や中国電力に要望書を提出したいと思います。みなさん、ご協力よろしくお願いします。

<要望内容>

●上関原子力発電所建設計画に対して意見を言えなかったにもかかわらず、最も影響を受けるわたしたち若い世代の意見を聞く機会を作ってください。

●県民の合意が得られるまで上関原子力発電所に関する海の埋立工事を一時中止してください。

<参加方法>

若衆の会「賛同者」

若衆の会の趣旨に賛同いただける方は、下記連絡先までご連絡ください。要望書「賛同者」として届けます。 ①氏名、②出身・在住・通勤通学いずれかの市町村、③年齢、④連絡先(電話番号・メールアドレス)の記載をお願いします。
署名ではないので直筆の必要はありません。メールへの連絡でも結構です(記載された個人情報は当会からの連絡、申し入れ以外に使用することはありません)

申し入れ「参加者」

申し入れに一緒に行くことができる方は、若衆の会まで連絡をお願いします。詳しい情報をお知らせします。

参加条件 → 山口県内に在住、または通勤・通学の方。もしくは山口県出身の方。
          自分の意志で趣旨に賛同する、39歳までの若衆(わかいし)。

※ 若衆とは…若者を指す方言、山口県を始め広範囲で使用されている
※ 39歳……計画が持ち上がった1982年の時点で小学生以下である年齢
         放射能もれ事故が起きた場合、「安定ヨウ素」の摂取を定められている年齢

呼びかけには時間がありません。現地では県内外から集まった多くの方による、必死の原発建設阻止行動が今も続いています。賛同者は継続的に募りますが一次募集締切までになるべくたくさんの仲間を集めたいと考えています。1人でも多くの力が集まるよう、みなさんご協力よろしくお願いします。

 一次募集締切  11月7日(土)  継続的に募ります

<若衆の会連絡先>  問い合わせ、賛同申し込みはこちら
  若衆の会ブログ        http://nijiirohearts.blogspot.com
  若衆の会メールアドレス nijiirohearts@gmail.com

呼びかけ人連絡先
 上田直樹 27歳 山口県在住  メール naonaonmax@ezweb.ne.jp
 山本裕美 29歳 山口県在住  メール y1063@carrot.ocn.ne.jp   

※@を小文字にして送って下さい。

=====================【転載ここまで】========================

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田名埠頭、再び。

6日、田名埠頭で迎えた夜明けが忘れられない。

8日は沖縄に帰る当日であったにもかかわらず、早朝起きだし、荷造りをして、再び始発列車で田布施へ向かい、今度はタクシーで田名埠頭へ向かった。10分程の距離なのに、ほぼ2000円かかってびっくり。そうか、沖縄のタクシー料金が破格に安いんだな。。。

でも、タクシーのおかげで日の出に間に合った。タクシーの運転手さんも気持ちの良い人だったし、良い朝だ。

1108_0780田名埠頭から東を眺めると風力発電の風車が見える。そういえば6日、Hさんが教えてくれた。原発関連施設の付近にはだいたい風力発電の施設がある、と。

「エコ」イメージアップのためのカップリングのつもり?なんなんでしょうね。

風力発電も低周波による健康被害や、渡り鳥が巻き込まれる被害など、いろいろ問題が起こっているのですが、あまり知られていないようです。

1108_0797日の出。思わず手を合わせてしまいます。

1108_0799朝日を受けて漁船が通る。カッコイイ。

1108_0812漁船と言えば、祝島の漁船もカヤック隊も、夜明け前に出発してすでに田名にはいない。

1108_0814 このカヤックたちは、今日はお留守番。

1108_0813こちらは神花山(じんがやま)。神社と古墳がある。左下が田名埠頭のテント村。11月5日でテント村設営から57日目と言う話だったから、今日でちょうど60日ということになる。

写真を撮っていると、男性が一人近づいてくる。マスコミの記者のような雰囲気。案の定、「反対派の方ですか?」と、声をかけられる。

マスコミって、多くの場合、こっちの言ったとおりには受け取ってくれないんだよねぇ。ちょっと警戒しつつ返答。

「反対派というか…、カヤック隊に友だちがいるので、遊びに来ました。」

すると、男性、「わたし、こういう者ですが」と、パタンと何かを開いてみせる。…よく見えませんでしたが警察手帳のようです。刑事さん?

続けて「カヤック隊はもう出たんですか?」

「はい、今朝は早かったようですよ、わたしが来たときにはもうテント村にはほとんど誰もいませんでしたし…」

むむむ。刑事さんに、監視されている? それとも何か起こりそうな状況なの???

1108_0822そそくさと逃げるように神花山へ登る。古墳を見ておきたかった。女王が埋葬されている、珍しい古墳だそうだ。

前方後円墳の墳墓自体はそれほど大きくないけれども、神花山に立てば、かなり遠くまで見渡せる。美しい海と里の風景が見えるところに、大切に埋葬された人なのだ。

1108_0823今はモミジがきれい。桜も生えていたから春には桜がきれいなんだろう。神社の境内にはスダジイ(ツブラジイとの雑種かも?)が生えていた。

山を下りてあらためて田名埠頭にゆこうとしてハッとした。なにか、爆弾のような形のモニュメントが正面に建っている。何度も通り過ぎていたのに今まで気づかなかったなんてずいぶん間抜けだ。

付近に「回天」という、いわゆる人間魚雷の基地があったらしい。詳しくはこちら→阿多田交流館 ~(人間魚雷回天)平生訓練基地の資料を展示~ 

1108_0829そろそろ8時も過ぎた。5日に前を素通りしてしまった祝島のお母さんたちが座り込みをしているテントにお邪魔してみる。

中には、Sさんとおっしゃる男性が一人で座っておられた。昨日あたりから、田ノ浦の状況が緊迫してきたので、お母さんたちは今日はみんな田ノ浦の方に向かわれたとのこと。

カヤック隊のテント村に戻ると、眠っていた人たちが起き出してきた。

昨日の様子を聞くと、6日とはうってかわって緊迫した様子。

台船は、5トンのコンクリートのかたまりを海中に入れる作業を開始。祝島の漁船とカヤック隊のメンバーで、その作業を阻止するために、台船の縁につかまったりクレーンのワイヤーにつかまったりしたのだと、徳島の木頭村から応援に来たNさんが話してくれた。

しばらくすると少し緊迫した声で、「○○君がけがをして、漁船でこちらに運ばれてくるらしい」と声がかかる。先ほどの祝島のSさんの声だったろうか。

○○君というのはわたしの友人の名前であった。。。

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【上関】原発計画推し進める中国電力の姿勢に疑問。

7日は、ちょっと疲れてアクティブな現場へは出かけることができませんでした。

Photo現場で闘っていたみなさん、ゴメンね。わたしは田名埠頭へたどり着く前に気力がつきて、田布施の河原でお昼寝していました。

ところであらためて上関原発の完成予想図なんてモノを探してみたら、中国電力ホームページに載っていました。

← 「上関原子力発電所(着工準備中)」より

1106_0774 原子炉の設置許可も下りていないのに、原発を建てるための埋立工事をはじめちゃうっていうこと自体、ずいぶん乱暴な話なんだけれども、
上モノの計画がいい加減なまま埋立がはじまっちゃった泡瀬と構造はよく似ている。

←本州の室津半島(左)と上関原発計画のある長島(右)を結ぶ上関大橋。
大型の工事車両が通れるだけの強度がないそうで、現在急ピッチで補強作業中! (工事車両が通れないように、どうかそのまま補強しないでちょうだい…)

また、中国電力のホームページに掲載されている上関原発の「主要経緯」は、「何が書いていないか」に注目すると、びっくりする。

上関に原発計画がもちあがったのは1982年。祝島では、当初から原発は危険だからつくらないでほしい、と訴えていた人たちがいて、いまも島民の9割がこの計画に反対しているという。祝島の漁協は補償金を受け取っていないし、漁業権放棄もしていない。

これに対して中国電力は、誠意のある対応をまったく見せてこなかったと、島の人々は話していた。そのことが、事業の「主要経緯」にもはっきりと現れている。

つまり、祝島の文字がまったく出てこない。説得に当たった、と言うことすら書かれていない。万事問題なく手続きをすすめて、現在に至っています、というような書かれ方だ。どうなってんの?

そうそう、田名埠頭の虹のカヤック隊テント村に滞在中にも、こんな話を聞いた。
カヤック隊に参加している「上関原発を考える山口若衆の会」のメンバー曰く、

「これまで上関原発について意見を言う機会がなかった若い人たちの意見を聞く場をもち、要請文を受け取ってくださいと中国電力に連絡したら、どちらも拒否されました」、と。

封建時代の話だろうかと、一瞬耳を疑う話であった。公益性のある巨大企業がこんなことで良いはずがない。ねぇ、中国電力さん???

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【上関】原発建設予定地 田ノ浦

さて、昨日訪問した田名埠頭のテント村で、上関原発建設予定地である田ノ浦への行き方をたずねたところ、

「明朝7時に、ここから田ノ浦へ向かうメンバーがいるので、一緒に行ったらいいですよ」

とのありがたいお返事が帰ってきた。わーい!!

Photo_2田ノ浦がある長島へは、JR柳井駅から路線バスも出ているが、50分ほどゆられた後、役場のある大きな集落が終着となる。

そこから田ノ浦へは、直線距離でさらに8km。しかも途中から完全に山道。歩けないことはないが、ちょっとキビシイ距離ですね。

1106_0644そんなわけで、6日は始発列車に乗って田布施で下車。迎えに来てくれたHさんの車で田名埠頭へ。

←田名埠頭で見た日の出。(07:17)

7時半頃、O君とSさんの車で計5名が田ノ浦へ向け出発。実はもっと早くに出かけたメンバーもいたようです。

1106_0648途中、大きな作業台船が田ノ浦方向へ向かうのをO君が発見、仲間たちに電話連絡をしている。緊張が走る。

上関町に入ると、人口に釣り合わない立派な「箱モノ」がたびたび目にはいる。「みんな原発がらみでつくられたものです。」と、Hさん。

1106_0647「原電で明るい家族」とか書かれた、気色の悪い看板も立っている。原発推進者は、「原発」と言わないらしい。

道は途中から車幅一台分しかない葛折りの山道。あぁ、一緒に車に乗せてもらえて良かった。

←田ノ浦への最後の峠道で、タヌキ!?

1106_0649車を降りて、ここからは歩きです。(08:27)

1106_0650

中国電力の土地にはロープやフェンスがはられ、くどいくらいに「立入禁止」が表示されている。

でも、その外側には祝島の方の共有地があるものだから、中国電力も今のところ田ノ浦を完全に立入禁止にはできずにいるとのこと。

1106_0651竹林や雑木林を抜けながら、急な斜面をおりてゆくと…

1106_0654うわぁーーー、ひどい。

きっともとはこの辺りもみんな木々に覆われていただろうに、みごとに伐採されて作業ヤードや駐車場になっている。

さらにどんどん平らな空間を造成中らしい。遠くで重機が動き回っている。(08:38)

1106_0655浜沿いにある中国電力の土地は、ほとんど切り開かれてしまっているようです。

林から出てきた目には眩しすぎる… (08:39)

1106_0690こんなに美しい弓なりの自然海岸なのに。

浜を背にして立つと対岸の祝島の集落や漁船以外、人工物が目に入らないんですよ。当然防波堤なんかありません。護岸も、中国電力が造成するまではなかったのだろうな。。。

しばらく浜を散策して、動植物を観察。

1106_067109:07 田ノ浦沖を台船が曳航されてくる。

09:10 台船は田ノ浦に向かってくるようだ。

1106_0687田ノ浦には、仮桟橋が造られている。ここに接岸しようとしているらしい。

1106_0677仮桟橋の突端に立って、台船の接岸を阻む仲間たち。

台船付近、青い旗を掲げた船は祝島の漁船。

黄色い旗は、警戒船として雇われた「推進派」の漁船とのこと。

1106_0674ついに台船を停止させた。カヤックが台船に接近。

それにしても美しい田ノ浦の景色にそぐわない毒々しい色合いの台船である。

そのまま 台船 vs [祝島漁船+カヤック] のにらみ合いとなる。

1106_0701耐久戦に突入。

浜辺では監視を続けながら、「反原発アート」。

1106_0686

わたしは「田ノ浦遺跡」の発掘現場も見学。「いつ頃のものですか?」の質問に、作業を監督している人は、「さあ…」

でも、やじりや土器が出ているらしい。「縄文とか弥生とか、そういう時代のものですか」、と問い直すと、「多分そうだ」と。

1106_0719お昼になっても台船は帰る気配がありません。

こちらは浜辺で昼ご飯。

ワタクシ、おにぎりは持参していましたが、みんながサラダやおかずを分けてくれました。ビワ茶もおいしゅうございました。

ごちそうさまでした!!

1106_0717それにしても、こんなに美しい秋の日に。 

1106_0764中国電力はよほど焦っているらしい。

午後には中国電力の敷地からショベルカーが浜辺におりてきたので、これも阻止。

1106_0765

F君がパフォーマンスを見せております。

実はここでオッチャンたちと雑談しました。

「なぁ、ぶっちゃけ、オッチャンら、日当ナンボの世界やろ? ここの造成ができてナンボっちゅうコトではないよね?」   

1106_0769オッチャンら、ニヤリ。

オッチャンA「正直な話、こないでかいモンつくるんやったら、電気代安うしてくれたほうがエエンやけどなぁ…」

「ほうじゃ、ほうじゃ(笑)」

1106_0770「俺ら調査や何か、いろいろ長引かせてきたから、請負会社は儲かったんやろうなぁ…」

てなわけで、完全にオッチャンらと談合のうえ(?)、談笑していたようなあんばいで。ずいぶんゆるい「阻止行動」でありました。

夕暮れ前(4時頃)には、ショベルカーは撤退。

作業台船はそのまま夜まで停泊するとのこと。

作業員がおおかた帰ったのを確認して、わたしたちも田名埠頭へと戻ったのでした。

1106_0776田名埠頭、テント村での晩餐。

カヤック隊の仲間や支援者が無農薬の野菜を届けてくれるとのこと。ヘルシーで新鮮な野菜がふんだんに食卓に並ぶのには感動。

同じく差し入れの無農薬玄米おにぎりも絶品でした。

また祝島の漁師さんたちも、阻止行動を続けながら釣った魚を差し入れてくださるそうで、この日は新鮮なアジとハマチの刺身がたっぷり。甘くて旨くて最高でした。

こうして長い一日が終わる。

※追記 You Tubeにこの日の動画がアップされていました。
仮桟橋に立つ「若者」の中にわたしも映っておりました。^^;

「自然破壊」埋め立て工事を阻止 田ノ浦 09 11 06

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【上関】原発建設資材置き場、田名埠頭を訪問。

柳井から上関行きのバスに乗って、田名埠頭へ向かう。

Photo_2上関原発の建設予定地、山口県上関町は瀬戸内海の西端にある(地図、赤丸部分)。

けれども、周防灘や豊後水道まで視野に入れれば、上関付近はこれら海域の要衝である。

※地図はYahoo地図より、一部改変。

Photo_3上関原発は、長島という島の南西端にある田ノ浦を埋め立てて建設される予定だ。長島は、上関大橋で本州と繋がっている。

そうして、 田ノ浦の3.6キロ沖に、祝島がある。

※地図はYahoo地図より、一部改変。

1108_0829山口県平生(ひらお)町の田名埠頭で座り込みを続けていた祝島のSさんによると、祝島の人々は(あしかけ)28年間も一貫して上関原発建設に反対してきたという。

← 祝島の島民はじめ、原発はいらないと考える人々が座り込みをしていた現場。ブルーシートの簡易小屋が建てられていた。田名埠頭にて。

1105_0621そもそも原発がはらんでいる危険性や、温排水が漁場に与える影響についてなど、総合的に考えた結果である。

自分たちの漁場や暮らしを守るためだけではない。上関原発が稼動すれば、そうして何か事故が起これば、周辺海域すべてに影響が及ぶと考えればなおさら受け入れることができないのだ。

← 全国から寄せられた「上関原発ストップ!」のメッセージ。田名埠頭にて。

1105_0617ところで、なぜ田名埠頭で座り込みが続けられていたかというと、田ノ浦の埋立準備のために用意されたブイや汚濁防止膜がここに置いてあったからだ。

←田名埠頭に並べられた中国電力のブイ。

1105_0625これらの資材を搬出させないために、陸上部では座り込みによる道路封鎖、海では漁船やカヤック隊が中国電力の作業を阻止してきたのだった。

膠着状態が2ヶ月近く続いたところで中国電力はついにここからブイを運び出すことをあきらめたのか、よそから中古のブイを調達して、夜中にこっそり埋立予定海域に投入していったそうだ。

←田名埠頭で待機する祝島の漁船。

1105_0624 「虹のカヤック隊」は、中国電力の作業を阻止する祝島の漁船とに行動をともにしているカヤッカーたちの集まりだ。

祝島の人々に共感し、美しい海を未来の世代に伝えたいと考え、行動する。多くはこの原発計画に意見を言う機会がなかった若い世代で、山口県内だけでなく、県外からも集まっている。

←虹のカヤック隊と祝島のみなさんのテント村。田名埠頭にて。

わたしは友人のO君を訪ねてテント村を訪れたわけだけれども、彼はこの日、田ノ浦に出かけていた。

そのおかげで、と言うと変だけれども、ここに集うほかのみなさんと様々な話をすることができた。みんなとても気持ちのよい人ばかりで、突然訪ねていったわたしを快く話の輪の中に招き入れてくださった。

テント村のみなさんは、いろんな地域の公共事業や基地関連の問題についてとてもよく知っていた。こういうところに集う人は、アンテナの張り方が違うんだね。

沖縄に関して言えば泡瀬・辺野古・高江について。佐賀のプルサーマルや青森の六ヶ所村のことについて。みんなよく似た問題を抱え、よく似た壁にぶつかり、そうしてみんな繋がっているのだった。

Photo ※マップル地図 「ちず丸」 より 一部改変
元の地図はこちらからどうぞ。

※11月13日追記
上関原発建設阻止の舞台は、建設予定地である田ノ浦に移った模様。

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白壁の町並み 山口県柳井市

徳山のウィークリーマンションに到着して、ちゃんと自炊できることを確認し、一晩泊まって特に不具合がないことを確認すると、ちょっと余裕ができました。

1105_0531昼食用のにぎりめしを二つ持つと、列車に40分ほどゆられて柳井までやってきました。田名埠頭へのバスは、この柳井から出ているからです。

さらに、徳山の宿に貼られてあった地図で、偶然「白壁の町並み」という案内を見つけました。それで、ついでにちょっと町を見物してみることにしました。

格子やなまこ壁が美しい古い町並です。

1105_0552国の重要文化財になっているという「国森家住宅」を見学してみました。

立派な梁が黒光りしています。

ここはかつて大きな商いをする油屋さんだったそうです。

この辺りは建物が密集して建っているので、火事をおそれて、なるべく燃えにくい造りになっているそうです。

1105_0557

屋敷全体が蔵づくりになっていて、断熱材となる藁を練り込んだ分厚い土壁に、漆喰が塗りこめてあります。

屋根は、まず杉板で葺いて、そのうえに泥を載せ、それから瓦を葺くという念の入れよう。

1105_0556 その重たい屋根を支えるために、大きな柱が屋敷の四隅ではなく中程に四本立っていて、そこに横木を渡し、さらにそのうえに井桁に梁を渡すという造りになっている。

当時、一階には小売りの店や主の居間、豪華な商談の間などがあり、二階は倉庫として使っていました。

倉庫と言っても、商品の在庫や金庫など、大切なものはみんなここにおいてあったそうです。

1105_0559だから当時、二階へ上がる階段はたいへん急な造りの隠し階段ひとつだけだったそうです。

※今は見学者のために緩やかで登りやすい階段が造られている。

1105_0558_2万一、押し込みがお店に入ったときには、主従一同二階に上がり、階段に板で蓋をして、さらに重たい長持ちを載せ、難を逃れるという仕組みになっていたそうです。

また、まちで火事が起これば、土壁のような防火扉をしっかり閉めて、隙間に味噌を塗りこんで目張りにしたそうだ。当時はどの家でも味噌は自家製だったから樽にたっぷりあったらしい。

よく考えられていますねぇ。

1105_0560これは客間においてある、屋久杉をくりぬいた贅沢なつくりの火鉢と茶箪笥。

この部屋は、天井にも屋久杉を使ってあるのだとか。どんだけ贅沢やねん。

1105_0561

こちらは、道に面した小売りのお店部分。夜は戸締まりをしてから、店の若い者がここに寝泊まりし、朝になると跳ね板をあげて、そこへ煎餅布団をのせていたそうな。

戸板の上が押入になっていたなんてちょっと驚きですが、すごく合理的な空間利用ですね。

しかし、日本家屋というのは基本的に夏向きに造られているので、冬はものすごく冷えて困ると、この家の方は話してくださいました。

とりわけ、土壁は夏の夜のうちに湿気を含んで、昼間はそれを放出しつつ気化熱でひんやり。一方、冬はしっかり畜冷してくれますから、これからの季節は辛いでしょうねぇ…

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人類の過ち

1104_0484明日から山口県にある上関原発建設予定地付近を歩く予定で、大阪から新幹線に乗りました。

一気に山口まで行くのも少々疲れるし、原子力つながりということもあって、広島で途中下車。はじめて原爆ドームと平和資料館を訪ねました。

1104_0495 実際に見た原爆ドームは、想像より小さな建物でした。おそらくは、現在、まわりに建っているビルが大きすぎるのでしょう。

1104案内板を見ると、やはり当時としては相当に大きくて立派な建物だったことがわかりました。

現在の原爆ドームは、飴細工のように曲がった鉄骨、焼けた煉瓦、屋内に散乱する瓦礫などが原爆の威力の恐ろしさを伝え、悲しみを感じるとともに平和を祈念せずにはいられない様相をたたえています。

けれどもすべてが灰燼に帰した当時は、広島市内にわずかに残された「建物」であり、数少ない目印の一つとして、とても大切に思われたのではないかと、そんなことを感じたのでした。

1104_0480原爆ドームのまわりにめぐらされた柵にとまるスズメたち。この近くで、鳥の餌を撒く人がいて、それを待っているのでした。

天気の良い午後の昼下がり、公園で見られる平和そのものの光景と、その背景にあるドームとのギャップに複雑な思いでした。

1104_0503資料館の中で見た、広島に落とされた原爆の実物大模型。2mほどしかないように見えた。

こんな小さな爆弾に、大きな町ひとつを壊滅させるだけのとてつもない威力があり、放射能の影響も長い時間残るわけです。

いくら「平和利用」といっても、廃棄物を安全に処理することもできず、稼働中の出力調整すらできない原子力発電には疑問を感じずにいられません。   

1104_0509これは山口県の上関(かみのせき)で原子力発電所を建設しようとしている中国電力の本社ビルです。平和祈念公園の近くにあるのでついでに足を伸ばしました。

たいそうご立派な建物で、たいへんに儲かっている様子です。 オール電化促進の垂れ幕がはためいていましたが、一つのエネルギーに頼るのは危機管理的にいかがなものか。

1104_0500平和祈念公園の献花台モニュメントには、

 「安らかに眠ってください
  過ちは繰返しませんから」

と刻まれています。

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文化と食欲の贅沢な秋。

11月1日、高槻しろあと歴史館で『北摂の戦国時代 高山右近』という特別展を見ました。たいへん充実した展示で、200円で見られるなんてとてもお得な内容でした。

高山右近は戦国時代の高槻城主で、キリシタン大名でした。だから戦国時代にまつわる品々のほかに、当時のキリスト教に関する展示もあって、中でも螺鈿の聖餅箱はとても美しく、印象に残っています。

会場には本物の鎧兜と火縄銃に触れることができるコーナーもあって、生まれて初めてそれらに触れました。

兜は和紙を幾重にも貼り合わせて形作ったものに漆を何層も塗り重ねて作ってあるそうです。鎧の方は、牛革などが芯になっていて、これまた漆塗りで仕上げてあるそうです。黒い漆の光沢は作られて何百年経った今も美しく感じられました。

まずは、兜をかぶらせていただきました。兜は予想より軽かったのですが、非常に安定が悪く、ものすごく肩が凝りそうで驚きました。鎧の方は想像通り、ずっしりと重いものでした。こんなものを身につけたら、それだけでわたしは気分が悪くなりそう。戦国時代には女性の武将もいたそうですが、みんな筋肉質だったんだろうなぁ…?

火縄銃も、手にしたときの重量バランスが非常に悪く、構えてねらいを定めるうちに腕がプルプルするような代物でした。けれども、武器なのに、刀と同様、美しい文様が彫り込まれていたりして、使う人や職人たちの、モノに対する思い入れや情熱や愛情が伝わってきたりするのが不思議でした。

1103_0469その帰りに市場を歩いて、沖縄ではまず見かけない、秋の産物を目にしました。菱の実とムカゴです。一緒に栗も買い求めましたが、当日は帰るのが遅く、次の日も用事があったりして、やっと3日に食卓に上りました!!

ムカゴと菱はシンプルにゆでて。栗は栗ご飯に。妹が別に買っておいてくれたナメコは、おみそ汁に。

菱の実の、さっくりしつつもホクホクした食感はどくとくですね。ほんのり甘く、癖もない。どんどん生産量が減っているようで、寂しい限りです。初めて食べたのは台湾だったような気がします。10年近く前のこと。

ムカゴのモッチリ感もたまりません。今回は軽く塩をまぶして食べました。母は油で炒めて塩胡椒、というのが好きだったなぁ…。これも数年ぶりに食しました。

栗ご飯は手間はかかりますが、何度食べてもおいしいですね~。そういえばナメコのおみそ汁も、何年ぶりに食べたかな。

こういう組み合わせで食べるのは、今後もう二度とないかも知れない!というくらい、贅沢な秋ご飯でございました。

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高槻の商店街で「温泉湧出成功!」

1101当ブログ 大阪高槻・しろあと散策 番外 で紹介した、温泉掘削現場。

高槻商店街近くの駐車場をひと月半ぶりに通りがかったら、そびえていた異様な掘削機はみあたらず。

あれれ?と思ったら

「温泉湧出成功」の垂れ幕が。

」の部分が実に誇らしげ、かつ嬉しげである。

さあその温泉、どんな風に利用されるのでしょう

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ホラ貝!?

10311_3昨日の続きなのですが。

鉄人を見たあとそのまま帰るのもつまらないので、商店街を散策してみました。土曜日の昼下がり、商店街は大にぎわいで、繁盛している様子です。

とりわけ、ある鮮魚やさんの前にはたくさんの人が立ち止まり、あれやこれやと品定めをしています。

ちょっとのぞいてみると、なるほど、近海でとれた鮮度のいい魚介類が格安で並んでいます。

なかでも気になったのが「ホラ貝 一盛り 200円」。いただきましょう。

お店の方にいろいろ質問。

「煮付けがいいですか?」 「塩湯でしてそのままでもおいしいよ。」
「この貝は瀬戸内でとれるんですか?」 「そうそう。」
「明石であがったん?」 「んー、明石か淡路かわからんけどな、うちにおいてあるのはどっちかや」

ありがとうございました~!

さてさて、一盛りどっさり800グラムくらいあったかな。まぁ、重さのほとんどは貝殻だけれども。

大阪の家で晩ご飯にいただきました。塩湯でして身をくるりと抜き出し、食べていると、さきに夕食を食べ終わったはずの5歳の甥っ子がよこせという。

まぁ、食べてごらん、と、一つ食べさせると、もっと欲しいと。なんてシブ好みの幼稚園児だろうねぇ。そういえばこの子はイカもタコも好きなのだ。

あ、ちなみにこの貝は手元の図鑑ではミヤコボラというのによく似ています。

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