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ハボウキチェック 090722 in 泡瀬 

日食の日。食の最大を過ぎた頃、泡瀬干潟ではハボウキチェックが始まっていた。

いつものように、K江君とU原さんが黙々と貝を探し、札をさしている。

生きているハボウキには白地に赤いテープの札。ハボウキ以外の生きている貝には、白地に黄色いテープの札。死んだばかりの二枚貝には、色の付いた札。

最後にその数を数えて記録をとってゆく。わたしも途中から調査に加わった。

ところが今回、調査のために設置している枠の中のハボウキは、激減していた。

072277埋立や浚渫の影響で海水がかなり濁っていて、環境の変化のために死んだものもあるだろう。

けれど、多くはヒトが抜き取ったためだった。貝柱をとるために、その場で殻が割られ、うち捨てられている。

それも、目に付く限り根こそぎとったと思われるほど大量に、死殻の山が辺り一面にできあがっていた。

072280枠の中にあった死殻は、もちろん数える。U原さんが引き抜かれたハボウキの側に色の札を立てていく。

わたしにはその札が墓標に見えた。そうして、突然、何かの映画で見た「無名烈士の墓」の悲しくも虚しい場面が呼び覚まされた。墓標に一人一人の名はなく、しかしそれぞれに無言で何かを語りかけてくる。重い空気が流れていた。

しかしハボウキたちは、何かと闘っていたわけではなく、ただ変わりゆく環境のなかで淡々と生きていたはずだった。

そうして次に浮かんだのは、これも映画で見た場面だった。アメリカ大陸で過去に起こっていた出来事。ヨーロッパ系の入植者たちが毛皮だけをはぎ取って置き去りにしたバッファローの屍がどこまでも続く草原の凄惨な景色。

うん、それに近い光景だ。それぐらいのすさまじさで、ハボウキたちは大量に引き抜かれていた。いくらとってもつきぬほど海が豊かだった時分には、却ってこんな採り方をする人はいなかったのだ。

自然環境が劣化すると、もともとその土地に住んでいた人でさえも、自然と対話するすべを失って、あるいはその恵みに感謝する心をなくして、環境からの一方的な搾取を始めるものらしい。つまり、どうせ放っておいてもいなくなるんだから、その前に採り尽くしてしまおう、と。

泡瀬ではこの何年か、ハボウキの若い個体の定着が見られなくなっている。ようするに環境状態が回復しないまま現存するハボウキが採り尽くされたり寿命を迎えたりすれば、泡瀬のハボウキは絶滅することになる。

こんな風に身近な生物が見られなくなっても誰も気にもとめず、外国の自然をも破壊しながら食料や資源を搾取して成り立っている生活を何とかしたいと切に思う。

072283U原さんが、おやつにおにぎりを持ってきてくれた。調査の合間に三人でほおばった。それはとてもホッとする滋味あふれるおにぎりだった。

K江君の提案で、その一つを海神様にお供えした。

生きとし生けるものが、その生をまっとうできる世の中になりますように

と、祈った。

072286今回は、やけに大きさの揃ったカワラガイの死殻もたくさん見つけた。

このカワラガイたちは、彼らなりに納得のいく死に方をしていったのだろうか。   

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