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大入島のこと

「佐伯・大入島埋め立て訴訟:「自家消費、漁業でない」 
                                    磯草権、2審も認めず /大分」

<毎日新聞 2008年9月9日 地方版> 記事本文はこちらから

大分県佐伯市大入島(おおにゅうじま)のことは、何年か前から気になっています。

よその港湾工事を含む公共事業の残土処理のために、豊かな海が埋め立てられようとしている点が、泡瀬の埋立と共通するからです。地元の人々にはまったく歓迎されていない工事なのに、行政は「公共性」を前面に押し出し、「佐伯港[大入島東地区]港湾環境整備事業」などという耳触りのよい事業名を掲げ、ごり押しを続けています。

憲法には
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

と、明記されています。

自らの暮らす海を命がけで守ろうとする島民たちによる抗議行動や裁判での訴えは胸を打ちます。しかし、裁判所までもが、住民が地元の海で毎日のおかずをとることを、権利として認めません。

なぜだろう?

海に寄り添って暮らしてきた人々の多くは、海へ行って潮風に吹かれると、少しの体調不良はたちどころによくなると言っているし、毎日の食卓に自らのとってきた魚貝類をのせるのは当然で、それが健康に繋がっているとも感じている。

海へ出て魚や貝をとるのは楽しい。しかも、けっこうな運動量になる。おかずが海でとれれば、その分のお金を食費以外の文化的な活動に使えるかも知れない。行政から見れば、人々が健康に暮らせることは、医療費の削減に一役買っているかも知れない。

でも海が埋め立てられてしまったら、毎日海へ出ていた人がいきなり公園でウォーキングに励み「健康維持」に努めるとは思えない。さらに、これまでただで得られた良質のタンパク質を、今度は買わなければならない。しかも今時、買ったものが安全かどうかなんて、本当のところわからないのだ。

泡瀬について言えば、この海で貝類をとり続けていたのはほとんどが年金暮らしのお年寄りたちだ。ギリギリの生活費をやりくりして、海で健康と食料を同時に確保してきた。その海が突然埋め立てられたら? 「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は侵害されると言わざるを得ない。

実際の所、顔なじみのあるおばぁは、泡瀬で埋立工事がはじまって以来、工事現場を見ると悲しくなるからと言って海へ行く気をなくしてしまい、すっかり足腰が弱って病気がちになってしまった。

しかし、漁業補償は現在、一般に「漁業組合」に対して支払われる。その中での分配は組合に任されるので、極端な話、組合の成員でさえあれば、実際に漁をしていなくても補償金がもらえる、と言ったこういったケースも存在するらしい。

一方、自家消費用に毎日魚貝類を採捕してきた人々に対しては何の補償もない。しかも埋立をやめるように訴えを起こす権利さえ「直接の利害関係者ではない」として認められないことも多い。

「お金」が介在しなければ、そこに実際に存在している生業活動が認められないなんて、社会全体のシステムとしてあまりに貧しく不公平ではないか。

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