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泡瀬で調査。

仲間たちと泡瀬で待ち合わせ。今日は、干潟で調査。同行者は当ブログにたびたび登場しているマッチョのK江君と貝博士N君。調査の目的は、海草場でもっとも目立つハボウキという二枚貝を指標に、環境の変化を明らかにすること。

埋立工事の事業者は、「工事の影響は出ていない」と言い張っているらしいが、どこを見ているのか理解に苦しむ。

海藻が枯れて底質があらわになった干潟は色彩が失われ、驚くほど単調になってしまった。以前なら海藻が枯れても海草(うみくさ)が青々と茂り、その根元は上等の絨毯を踏むようにフカフカで、葉上には無数の微小貝が、葉の隙間には小魚たちが群れ、多くの生きものがひっそりと息を潜める夏の炎天下であっても、そこここに命の気配というものが感じられた。しかし、小さな命たちの拠り所であった海草が、壊滅的に減少している。

ふと、映画「もののけ姫」の一場面を連想した。様々な命の輝く森で、シシ神様の首が落とされるや、すべての命が失われ黒い世界へと変化して行くおそろしげな場面。あれと同じことが、泡瀬の干潟で繰り広げられていた。

仲間たちがいなければ、呆然と立ちつくしていたかも知れなかった。でも春先に、海藻類が繁茂しすぎている干潟を見て、現状を予想していたから驚きはしなかった。
…そう、以前にも似たようなことがあったのだ。海草の大規模移植実験がおこなわれ、荒れ果てた干潟に春がめぐってきた時、干潟にはいつもより多くの海藻類が海草場の受けた傷を覆い隠すように生い茂っていた。

移植実験によって壊滅したのはもともと豊かな海草場だった。人為的に攪乱された環境に耐えきれず死んでしまったたくさんの貝殻が無数に散らばっていた。これらの命はなぜ殺されなければならなかったのか、そのことについて悲しみ、人類という同族のおこなった虐殺に対する怒りとそれを止められなかった悔しさ、それから生きものたちへの申し訳なさと、様々の思いで胸がいっぱいになり、目の前が涙で曇ったまま干潟をさまよい歩いたのはもう6年も前のことだった。

今回は、あの時よりもさらに決定的に色彩がなくなっていた。悲しかったが、涙は出なかった。「モウ、ナミダモカレハテタ」と、心の中でつぶやいた。

思えばあの時は独りで歩いていたが、今は仲間がいる。干潟の環境はあの時よりもずっと悪いが、人々の関心はずっとたくさん集まっている。干潟の環境は悪くなったが、わたしの周りの状況はあの時より良くなっている。

そして、こんなに荒れた干潟でも、ハボウキはけっこうな密度で生息している。「マダ生キテイルヨ。」「ケンメイニ生キテイルヨ。」

しかし、ある時を境に彼らもおそらくは次々と姿を消して行くだろう。実は、ハボウキの仲間で儚げな殻を持つ“イワカワハゴロモ”という二枚貝は、もうずいぶん前から目にしていない。さらに言えば、このところ小さなハボウキも目にしていない。

ハボウキたちが消えて行く境がいつなのかは、誰にもわからない。次の調査までの一ヶ月かも知れないし、1~2年くらいは猶予があるのかも知れない。いずれにしても、「このままでは」確実にその日がやってきて、わたしはまたしても決定的な破壊の場面を目撃することになるだろう。

消えてほしいのはハボウキではなく、ハボウキを追いつめている埋立事業であることは言うまでもない。

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ハボウキを指標とした環境調査の様子。

生きているハボウキの近くには白地に赤の札を、靭帯がついている新鮮な二枚貝の死殻には 赤や黄色の札を立て、数えるときの目印とした。

N君とK江君が前回までの調査で編み出した方法。

写真提供:K江君。

※泡瀬の写真はこちらから。

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コメント

中城モールの北側にある砂浜で、数週間位で始まる県の海岸工事で、海底の砂も含めてかなりの砂がごっそりとられてしまうそうです。 貝とかいろいろいて、潮干狩りではたくさんの人が遊びに来たりするのに、砂浜がなくなるなんて、地元の人さえもほとんど知らされていないようです。 海に詳しい方、どのような生物がどの範囲にいるかご存知でしょうか?

投稿: | 2008年7月11日 (金) 22時44分

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