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地史的な生き証人 トカゲハゼについて  ~泡瀬裁判傍聴記~

泡瀬干潟の埋立に関わる公金支出差し止め裁判を傍聴した。と、言っても、裁判は午前中から始まっていたのに仕事の都合で15:00にやっと到着し、最後の40分ほどを聞けただけだったので、ナンチャッテ傍聴である。しかし、実りの多い傍聴であった。

今日は生物学的な知見からアセスの杜撰さと泡瀬干潟の重要性を証言する日だったらしい。到着したら、我が恩師のお一人である吉野哲夫先生がトカゲハゼ放流事業の現状について論じていらっしゃるところであった。さながら学会のようにパワーポイントを駆使し、スクリーンに様々な映像やグラフを投影しての解説である。これなら傍聴者にも良くわかっていい。今は裁判でもこういうハイテク機器が使えるのですね。すばらしいことです。他の裁判でももっとこういうことをやってほしい。裁判の資料は裁判官と被告・原告にしか配られないので「お手元の資料、乙号3番2の件に関して…」などとやられると傍聴席ではさっぱりわからなくなるのだ。

さて、話を今日の裁判の内容に戻すと…

泡瀬に隣接する新港地区という埋め立て地に造られた人工干潟では、沖縄県のレッドデータブックにも掲載されているトカゲハゼが毎年放流されている。もともと「新港地区」が出来る前、この海域には泡瀬から連続する広大な干潟があった。そして、泡瀬と同じようにここにもトカゲハゼが生息していた。ところが埋め立てによってトカゲハゼの生息環境が失われるので、人工干潟を造成してそこに人工育生したトカゲハゼを放流して再定着させるという事業が行われてきたのだ。

トカゲハゼは泥っぽいところに住んでいる。しかし、造成された人工干潟周辺は潮流が早く、すぐに泥が流されていくので、1~2年に一度は泥を入れなければトカゲハゼの生息環境が維持できない。一方、低質が安定しなければ、底生生物は安定的に生息できない。したがって、トカゲハゼも毎年放流され続けてきた。

県は、同じ中城湾の佐敷干潟で産まれた卵を採取してトカゲハゼの育生センター(と言う名前だったかどうかは不確かですが)で育て、地元の小学生もまきこんで「放流イベント」を行ってきた。ところがこの生育技術はまだ確立されていない。餌の問題、病気の問題、いろいろあってうまくいく年には数百匹育っても、ダメな年には百匹ほどしか育たないこともあったそうだ。

しかし、イベントでは毎年千匹近くが放流されてきた。どう計算してもセンターで育った数とつじつまが合わないわけだ。足りない分は主に佐敷で捕獲した成魚を当てていたらしい。

本末転倒!! しかも、予算がなくなったので2年前から放流事業はストップしているそうだ。(この括弧内は私の見解だが、トカゲハゼは1~2年生きるので、放流がたくさん行われていた時期にはその累積で一時的に個体数が増えているように見えていたと予想される。でも、こんなまやかしの事業、税金の無駄遣いでもあるし、トカゲハゼの虐待でもあるし、さっさとやめた方がいいのだ。)

イベントではよそで捕獲したトカゲハゼを混入して放流していた、という点について、被告側の県知事代理が質問を行った。「捕獲してきたものを放流したという連続性を証明できますか?」

吉野先生は魚類の専門家であり、県が掲げた数々のトカゲハゼ保全プロジェクトその他委員会の委員を歴任されてきた。その関係もあって、先生ご自身がトカゲハゼの生育センターも見てきているし、放流イベントにも参加されている。センター視察からイベントまで例えば1~2ヶ月時間の経過があったとしても、その間に個体数が急激に何百も増えるはずはないのである。

逆に、捕獲してきたものではないと言う証明が出来るのか聞いてみたかった。

さて、泡瀬の埋め立ては新港地区での失敗をまったく踏まえておらず、愚かにも「トカゲハゼを守るため」にやっぱり人工干潟を造るという計画になっている。泡瀬の埋め立てに関わる検討委員会などでも、吉野先生は再三この愚を説いてこられたが、とにかく「埋め立てありき」の県や国の機関とは話にならないのだった。

さて今回、先生の言葉でもっとも印象的だったのは、次のような一節だ。

『トカゲハゼだけではない、オキナワヤワラガニ、ニライカナイゴウナ、新種の海草にしても、次々と他では見られないような、あるいは希少な生物がここで見つかっている。アセスの基準では、その一種一種を個別に守ればいいと言うことになっているけれども、一種一種への対応ではダメなんです、こういう生物たちが自然状態でセットで存在していることの意味や重要性をもっと認識しなければならない。

生物は一種類だけが単独で生きているわけではないのです。長い長い地球の歴史を背負ってそこに暮らしている生物たちの生態系というか、生物群集というか、そういうものを丸ごと残さないと意味がないといことをわかってもらいたい。』

そう!そうなのです!! 何でも移植とか増殖とかで済まそうとする役人の観察力のなさには本当にびっくりさせられますが、たくさんの種類の生き物が生息するにはそれだけたくさんのあるいは複雑な生息環境が必要なのです!!! 泡瀬干潟に300種以上の貝類が生息するからと言って、どこにでものっぺりとまんべんなくすべての貝がいるのではありません。相当生息環境にうるさい「違いのわかる」貝のみなさんは、それぞれがピンポイント的に住んでいるのです。そんな生きものたちが、これまでずーーーっと暮らし続けてこられた泡瀬という場所は、それだけでもうすごいんです。

さらに、これも多くの人に知ってもらいたいことですが

『シミュレーション(数値モデル)というのは、初期値の設定によっていくらでも「影響なし」という結果を導き出すことができる。』 

私も大学で海洋物理学を少しかじったから良く分かります。コンピューターで描き出されるシミュレーションというものを、多くの人は間違いがない、ありがたいもののように見ているけれど、実はこんないい加減なものはないのです。とりわけアセスのように、そのシミュレーションをした人(または組織)が、ある結果(例えば「この事業を行っても周りの環境に影響を及ぼさない」など)を導き出そうとして行った場合には信用できない。

例えば海の流れのモデルの場合。まず海の深さ。一定なのか、傾斜しているのか、不規則に変化しているのか。海底は凸凹なのか平らなのか、柔らかいのか硬いのか。海岸線は入り組んでいるのか平坦なのか。また計算する領域に入ってくる水の流れの量や強さ・向きなどなど、様々な条件(初期値)の正確さ(言い換えればいい加減さ)によって、結果はいくらでも変えることが出来るのです。

非常に科学的でわかりやすい陳述に、裁判が終わった途端、傍聴席にいた数名から拍手が起こった。どうも私が最初に拍手してしまった気もするが、とにかくそれくらいすっきりと胸がすくような意見陳述でした。吉野先生、カッコ良かった!!

         ★   ★   ★

泡瀬を埋め立てた場合、環境負荷が大きいのは分かり切っているが、できあがった土地に計画通りの商業施設やホテルが出来るあては全くない。国と県は大量の税金を投入して生物たちの大量虐殺を行い、土地が売れ残った場合、その債務は土地の整備を行う沖縄市が負うことになる。このままでは夕張市の二の舞だ。ツケは確実に市民にまわる。

埋め立ては着工されているが、とにかくここで一度立ち止まって考えた方がいい。本当に必要なのか? その埋め立て。 

※沖縄市の東門市長に埋立一時中断を求める市民集会が予定されています。集会に向けて、実行委員会ではアピール文を発表予定。アピールの賛同者募集中!! 詳しくは http://www.awase.net/maekawa/071126jikoui.htm 

※泡瀬干潟について;

基礎的な情報は「泡瀬の干潟」ホームページ http://www.ne.jp/asahi/awase/save/ をご覧ください。

写真は、当こあらの写真館 http://photos.yahoo.co.jp/haiyue1969 にもたくさん掲載してあります。 

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